日経新聞「『すし』に異変、人気はサーモンへ マグロ後退」はヒドい

日経新聞より。
http://www.nikkei.com/life/gourmet/article/g=96958A90889DE1E5E2E6E7E1E3E2E2E4E3E0E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E6E2E4E0E2E3E2E4EAE6E4

老舗困った! 「すし」に異変、人気はサーモンへ マグロ後退
すしに異変――。マグロに代わってサーモンが主役の時代になろうとしている。サーモンは、値段も手ごろでマグロのトロ同様に脂がのっていることから、海外では以前から人気のあるネタ。日本に逆進出し、国内の回転ずしでは主役の座に上りつめた。伝統のすし文化が揺らぐ中、江戸前の老舗にはサーモンをすしネタに使うことに対する抵抗感が強い。
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サーモンの生産量は世界的に増加。国連食糧農業機関(FAO)によると、世界のサケマスの総生産量(08年)は312.8万トン。20年前に比べて2.65倍にまで急増した。その増加分のほとんどはチリやノルウェーなどで生産された養殖サーモンだ。
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創業145年の歴史を持つ浅草の老舗江戸前ずし弁天山美家古寿司(東京・台東)でも、サーモンの取り扱いはない。親方の内田正さんは「江戸前ずしは冷蔵庫がない時代、生のまま食べられるネタを使ってきた」と、すしの伝統にこだわる

この記事が酷い。また寿司屋のオヤジに腹が立つので批判したい。なお、元水産庁小松正之氏(政策大学院大)の『日本の食卓から魚が消える日』(2010)を参考にした。


マグロの親魚資源量は70年代半ばまでの30万トンから2007年には7.8万トンまで急激に減少している。よって、需要が大きく変化しなければ価格が上昇して当然。一方、サーモンは記事にもあるように80年代からノルウェー、チリなどで養殖が始まり資源量が急増している。さらにノルウェー、チリのサケ養殖の規模は日本より桁違いに大きく、それが生産性の差になっている。小松氏によれば日本の生産性を1とするとノルウェーが30、チリが100だという。
このようにサケとマグロの生産量は全然違う。サケの総生産量は記事にあるように312.8万トンで、マグロは3.2万トンだ*1。これだけ生産量が少なくてもマグロは獲られ過ぎの状態だ。実際の漁獲高が絶滅を回避するために守る必要があるとされる漁獲高(生物学的許容漁獲量:ABC)を上回っているのだ。しかも日本で獲られるクロマグロの9割が0歳〜1歳だという。これらは小さくて脂がのっていないので安い値しかつかない。その背景にはオリンピック方式というコモンズの悲劇を招いて当然の非効率な漁獲量管理制度がある。

ともかくマグロの価格上昇とサケの価格低下という相対価格の変化を原因として消費量が変わるのは経済学の法則どおりだ。「人気はサーモンへ マグロ後退」は当たり前。

このような現状を当然理解しているはずの寿司屋のオヤジや記者が「寿司は文化だ。サーモンはダメだ」なんて能天気に言っているのを見て腹が立った。「いったい日本の水産業の現状についてどう考えているんだ?」と訊きたい。自分の商売が水産業の上に成り立ってるっていう自覚くらいあるんでしょ?「ウチは高価格の魚しか買わないから今後も大丈夫」とでも思っているのか。

「文化」だの「伝統」だの言って感情に訴え、現実の社会問題に科学的に目を向けないというのが、日本のマスコミが大嫌いな理由の一つだ。日本の水産業の主な問題がオリンピック方式と漁業権にあるのは明らかなんだから、小松氏の主張しているようなことをマスコミが報道すべきだろう。


また、そもそもマグロは「伝統」じゃない。

実はマグロは古くからの日本人の食文化でも何でもない。(『日本の食卓から魚が消える日』p.157)

江戸初期まで、マグロはシビ(死日)と呼ばれ、忌み嫌われていた。
1950年頃までは大トロはアラとして捨てられていた。
http://www.wwf.or.jp/activities/upfiles/WWF_tuna_201009a.pdf ((社)漁業情報サービスセンター)

ということで、この記事は酷い。

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