高橋洋一『統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる』

2011年に出版された本を紹介する38冊目。前回紹介した高橋洋一、三橋貴明『大震災で日本は金持ちになるか、貧乏になるか』に続いて高橋洋一氏。今回は少し傾向が変わって確率統計についての記載が結構ある本。高橋氏が東大経済学部でベイズ推定を勉強していたというのが意外だった。

統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる (光文社新書)

統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる (光文社新書)

高橋洋一『統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる』(2011)光文社 ★★★

『数学を知らずに経済を語るな!』に続いて高橋洋一氏。本書も数学っぽいタイトルだ。
内容は前半が確率・統計をからめて震災復興・原発事故のトピックを語るもの(第1章)。後半が原発事故(第2章)と震災復興(第3章)をいつものように語るもの。後半の話はどこかで読んだようなものばかり。前半の確率・統計というのは新機軸だ。といっても小島寛之氏の本を読んでいる自分には真新しいことはほとんどなかったが、震災復興・原発問題への応用という点ではそれなりにおもしろかった。後半だけなら★2つだが、前半が少しよかったので全体としては★3つ。


最近、高橋氏はやたら光文社新書から本を出している気がするが、よかったのは『日本の大問題が面白いほど解ける本』くらいだ。高橋氏に限らず、自分の印象としては最近の光文社新書の劣化は際立つ。80年代に小室直樹氏が新書を連発していた頃の方がよい。その頃は「カッパブックス」というレトロなネーミングだった。


また<原発などに関して政府等が発表する情報を国民はどう理解すべきか?>という問題を扱っている点で本書と共通する内田樹ほか『有事対応コミュニケーション力』と比べると「文学はダメだなぁ」と思わざるを得ない。内田氏らは「メディアリテラシー」とか言って漠然と語るだけだが、高橋氏は統計学に基づき情報の解釈法を示しているためだ。一般人にとって役に立つのはどう考えても統計の知識。放射能の問題は結局、確率統計の問題だ。そして確率統計は難しい。自分も「どうも確率統計は人間の本性に反するんじゃないか?」と無理解の責任を転嫁したくなるほどよく分からない。簡単な問題でも心底分かった気にならないからだ。しかし非常に重要だとは思う。統計は科学の基礎(方法)なので。


以下、内容のメモ。

【第1章】

以下が説明される。頻度主義と主観主義、ベイズ推定、モンティ・ホール問題、記述統計と推測統計、第一種・第二種の過誤。

●記述統計と推測統計

どちらもデータというインプットがあるが、記述統計では代表値(平均・分散など)がアウトプット、推測統計では推測がアウトプット。

ベイズ推定

高橋氏はなんと経済学部時代にベイズ推定を研究していた教授のゼミにいたという。
これは驚き。やはり当時ベイズ推定なんて相手にされていなかったという。鈴木雪夫という先生だそうだが、当時日本唯一のベイズ統計研究者。amazonで調べると80年代に『ベイズ統計学とその応用』なんていう本を出していたり、ハリー・マーコビッツポートフォリオ選択論』を翻訳していたり。すごい人だな。こういう異端なところに行っちゃうところが高橋氏のおもしろいところ。

●信用の蓄積は時間がかかるが信用の毀損は一瞬なのはなぜか?

ベイズ推定で説明できる。高橋氏は原発安全神話が一瞬で崩壊したという例を取り上げている。この記述はとてもよかった。<ベイズ推定が相転移の考え方に通じるものがある>という感触をもつことができ非常に参考になった。こういう記載に出くわすから「どうでもいい本だなぁ」と思いつつ読まないわけにはいかない。

個人が原発が安全と考えているときの原発が無事故の主観確率を99%とする。他の条件付確率も同様。

  • P(無事故|安全)=0.99
  • P(事故|安全)=0.01

危険と考えているときは事故の確率を半々とする(初期値)。

  • P(無事故|危険)=0.5
  • P(事故|危険)=0.5

この状態で世代を進める(ベイズ更新する)と、P(無事故|危険)があっという間に100%に近づいていく。しかし一旦事故が起きると0%近くまで下がる。これが信頼の崩壊を表している。

うーん、でも今書いていて「本当に信頼の崩壊を表しているか?」と疑い始めてしまった・・・。

『数学を知らずに経済を語るな!』の読書メモで「高橋氏の説明も小島氏っぽい」と書いたが、本書では参考文献に挙げられていた(『使える!確率的思考』)。

【第2章】

ジョージ・スティグラーの規制の虜理論と経産省系の保安院内閣府原子力安全委員会の縦割りの話。
賠償スキームと送発電分離の話。発電は技術革新により自然独占に当たらなくなった。
『この経済政策が日本を殺す』、『これからの日本経済の大問題がすっきり解ける本』、『大震災で日本は金持ちになるか、貧乏になるか』などと同じ。この辺りは八田達夫氏の説がよい。

【第3章】

復興院と地方分権の話とか「復旧ではなく復興」という話。これも上記3冊と同じ内容。ただ災害負担法のせいで復旧になってしまうという指摘は高橋氏の本でしか見かけない。
「復興財源は税ではなく国債かつ日銀引受」といういつもの話。『数学を知らずに経済を語るな!』でも出てきた最頻出の話題。復興国債建設国債なので国債の本来の使途。
財政破綻の話。政府・地方債務をネットではなくグロスで測れとか、国債整理基金10兆円は埋蔵金だ、とか。

【あとがき】

自身の光文社新書を3冊宣伝している。このうち上述の『日本の大問題が面白いほど解ける本』と『この金融政策が日本経済を救う』はよい。

【その他】
●日本政府への不信

3月12日に保安院で「メルトダウンがあったとみてよい」と説明した中村幸一郎審議官が更迭された。
原発事故で政府の信頼を心の底から失ったという日本人は多いと思うが、今振り返って自分にとってはこの中村氏更迭が大きかった気がする。あとはやはり3月12日に届いたSPEEDIのデータをアメリカには14日に送っていたこととか。タヒねって思う。割と真面目に。この震災を国民が政府の情報を理解する力を身につける機会ととらえるべき。

【参照文献】

小島寛之『使える!確率的思考』
ゲルト・ギーゲレンツァー『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法』 ※内田氏のような本ではなくこういう本を読むべき