新生リビアは宗教国家へ:イスラーム法(シャリーア)と自由主義はなぜ相容れないのか?

現実

朝日新聞(時事通信)より。
http://www.asahi.com/international/jiji/JJT201110240009.html

自由の到来、歓喜爆発=カダフィ大佐死亡に「幸せ」―リビア全土解放宣言
2011年10月24日8時6分
 【ミスラタ(リビア中部)時事】「歴史的な日だ。こんなにうれしいのは初めてだ」。リビアに42年も独裁を敷いた元最高指導者カダフィ大佐が死亡し、最後の拠点だった中部シルトが陥落したのを受け、反カダフィ派の連合体「国民評議会」が全土解放を宣言した23日、各地で群衆が街頭に繰り出し、自由の到来に沸いた。
[…]
 4月にカメラマンだった25歳の一人息子を戦闘で失ったアブドルハキムさん(53)は、「死んだ息子を思って随分と泣いたが、多くの犠牲の上にきょうのような幸せな日がやってきた。カダフィも死に、とても幸せだ。リビアには明るい将来が待ち受けている」と話した。
 女子大生のイルハーン・ハルフールさん(21)は、「42年の独裁だ。自由とはなんと素晴らしいのだろう。石油もあるリビアは、日本のように経済や科学技術を発展させ、豊かな国になるのを確信している」と瞳を輝かせた。 

日経新聞(共同通信)より*1
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819499E0E6E2E29F8DE0E6E3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

新生リビア 銀行利子は禁止、妻は4人まで
2011/10/24 9:25
 【ミスラタ(リビア西部)=共同】リビアの反カダフィ派「国民評議会」のアブドルジャリル議長は23日、リビアの「解放」が宣言された北東部ベンガジでの式典で「シャリア(イスラム法)が法の基本となる」と演説。銀行の利子を原則として禁止し、妻を4人まで持つことを容認するなど「新生リビア」ではイスラム教に沿った法を施行すると表明した。
 同じく独裁政権が崩壊したチュニジア、エジプトでもイスラム系勢力が政治力を拡大。リビアが、宗教をより厳格化した国家に向かう可能性があり、イスラム過激派の勢力が広がることを欧米が懸念する可能性もある。
[…]
 預金で自動的に得られる利子もイスラム教では禁止。[…]
 一方で議長は、反カダフィ派による祝砲の流れ弾で負傷者が出ているとして「発砲で神への感謝は示せない。市民を傷つけるのはシャリア違反だ」と述べ、無意味な発砲を禁止した。

現実と抽象

1.イスラーム法とリベラリズム(自由主義)はなぜ相容れないのか?

朝日の記事にある21歳の女子大生のコメントが切ない。

自由とはなんと素晴らしいのだろう。石油もあるリビアは、日本のように経済や科学技術を発展させ、豊かな国になるのを確信している」

なぜ切ないのか。彼女の「自由」が日本における意味での自由であるとすれば、彼女の自由は日経の記事にあるシャリーアを基礎とする新生リビアによって潰されるのが目に見えるからだ。
日本には「石油」がないのに「経済や科学技術を発展させ」た。なぜ発展させられたのか。教育水準の高い労働力などが主な要因だろうが、アメリカによって一応自由主義的な国家(政治制度・法制度)が作られたという重要な要因がある。
一方、リビアには「石油」はあるだろうが、シャリーア自由主義とは相容れない。なぜならシャリーアは特定の価値観(イスラームという宗教)とその価値観を実現するための行為規範が一体化しているからだ。行為規範の一例が記事にある一夫多妻制だ。
なぜこれが自由主義と相容れないのか。以前のエントリで書いたように、自由主義における法は個人がそれぞれの価値観を実現するために自由に行動できる環境を整えるものだからだ。その自由に行動できる環境の基礎となるのが人権だ。だから自由主義的な法は人権を保護する。例えば、人身の自由を考えれば分かるだろう。一方、シャリーアイスラームという価値に反する人権を保護しない。例えば、先述の一夫多妻制は平等権という人権を侵害する。

2.イスラームが行為規範を含むようになったのはなぜか?

宗教学者飯塚正人氏(東京外語大)によれば答えは次の通り(『現代イスラーム思想の源流』(2008))。
メッカでのムハンマド預言者として活動していた。すなわち神の命令を人々に伝えていた。しかし、メディナへのヒジュラ(聖遷)後、ムハンマドは政治家・裁判官としても活動するようになった。これにともないムハンマドが伝える神の命令に道徳規範、法規範(身分や刑罰についての規定)が含まれるようになったため。

3.イスラーム法とは何か?

答えとして前掲の『現代イスラーム思想の源流』に基づいて、イスラーム法の内容(法源)を挙げてみる。
シャリーアにおける第一法源クルアーンである。いわゆるコーランだ。第二法源スンナである。スンナはムハンマドの言行である。スンナの言い伝えがハディースである。第三法源イジュマーである。イジュマークルアーンハディースについてムジュタヒド全員の解釈が一致したときの解釈である。ムジュタヒドとはイジュティハードを行うことができるイスラーム法学者(ウラマー)である。イジュティハードとはキヤース等の手続きによりクルアーンハディースに記載がなく先例のない事例について法的判断基準を提示することをいう。キヤースとは類推のことである。キヤースは第四法源である。
ここからも如何にシャリーアイスラームと一体か、伝統主義に縛られているかということが分かる。ウラマーの解釈がシャリーアの範囲内で伝統主義から脱出する唯一の方法なのだろうか。

現代イスラーム思想の源流 (世界史リブレット)

現代イスラーム思想の源流 (世界史リブレット)