テレビ大不況「4K」は業界を救う?:救わないのはメーカも分かっている

現実

産経新聞より。http://sankei.jp.msn.com/economy/news/111022/biz11102218010012-n1.htm*1
yahoo経由で知った。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111023-00000079-san-bus_all

テレビ大不況「4K」は業界を救う? 原点回帰、画像に懸ける 2011.10.22 18:00
 テレビが売れない。7月の地上デジタル放送への完全移行に伴う一斉買い替えで需要の長期低迷は避けられない。韓国メーカーとの競争でも劣勢に立たされ、生産の撤退や縮小の方針を固めたメーカーも出てきた。各社は「付加価値」の高い新製品を投入し、需要を喚起しようと躍起だ。なかでもフルハイビジョン(HD)の4倍の画像解像度を持つ「4K」テレビに“救世主”の期待を託している
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調査会社BCNによると、主要量販店の薄型テレビ販売台数は、8月が前年同月比38%減と5カ月ぶりにマイナスに転落し、9月は52%減と、平成16年の集計開始以来最大の落ち込みとなった。価格下落も激しく、9月の平均単価は29%安の5万2900円にまで落ち込んだ。
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ただ、普及には課題が山積している。4K対応のコンテンツは現時点で、映画やインターネット用動画のごく一部に限られ、テレビ放送用の映像はない
 メーカー側は「市場拡大には放送業者やネット業者との連携が必須」(大手首脳)とするが、テレビ局はやっと地デジ化を完了させたばかりで、4K化に取り組む余力はない。
 究極の高画質テレビの普及には、コンテンツの充実が欠かせない。米ディスプレイサーチの鳥居寿一アナリストは「長い目で見る必要がある」と指摘する。
 だが、家電各社に復旧を待っている時間はない。国内の過剰プレーヤーに加え、韓国メーカーとの激しい競争で、新製品は店頭に並んだそばから値下げされる。ソニーのテレビ事業は今期で8年連続、パナソニックも4年連続の赤字となる見通しだ。
 「テレビ事業を継続する意味が見いだせない」。メーカー幹部からは悲痛な声が漏れる。
 すでに日立製作所はテレビの自社生産から撤退する検討を進め、パナソニックも、工場売却や人員削減による大幅縮小の方針を固めたことが明らかになった。消費者の購買意欲を刺激する起爆剤が見つけられないままでは、「看板商品」であるテレビ事業の淘汰が加速するのは必至だ。(古川有希)

テレビメーカが「3D」の次のネタとして高画質の「4K」でテレビを売りたいがコンテンツがないのでダメだろうという記事。

抽象と現実

このテレビメーカの高画質への動きはクレイトン・クリステンセン(ハーバード大)の「イノベーションのジレンマ」理論で典型的に説明できる。「イノベーションのジレンマ」理論はなぜ大企業は<破壊的技術>を開発(したくても)できずに<持続的技術>の開発に注力してしまい、新興企業の開発した<破壊的技術>によって淘汰されてしまうのかを説明している。この点がおもしろいところだ。つまりテレビメーカも「4K」でテレビ不況を打開できるとは思ってないが、そうせざるを得ないということだ。
以下イノベーションのジレンマ[増補改訂版]』(2001)にそって説明してみる。本文中の章番号はこの増補改訂版に対応している。

1.「イノベーションのジレンマ」とは何か?

イノベーションのジレンマ」理論は極端に簡略化すれば、大企業は<持続的技術>の開発に注力せざるを得ないため、新興企業の開発した<破壊的技術>によって淘汰されるという理論。本記事でいえば高画質化(「4K」)は典型的な<持続的技術>だ。一方、本記事へのコメントでユーザの求めているテレビの機能であるネットとの連携や使いやすいインターフェースなどが<破壊的技術>だ。


2.<持続的技術><破壊的技術>とは何か?

クリステンセンの定義は次のようなもの。<持続的技術>とは製品の性能を高めるもの。本記事のテレビの画質を高めること。<破壊的技術>は少なくとも短期的には製品の性能を引き下げることがある。しかし<破壊的技術>は市場の価値基準を変える。たいていは性能より低価格(利益率が低い)、信頼性が高い、小型、使いやすいという特徴を持つ(第1章)。例えばネットとの連携は利益率を下げるかもしれない。
ちなみに3Dテレビは「市場の価値基準を変える」という意味で<破壊的技術>ぽいが、低価格、信頼性が高い、小型、使いやすいという特徴にことごとく反するので、やはり<破壊的技術>ではなかったのだろう。

3.なぜテレビメーカは<破壊的技術>を開発できないのか?

クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』の中でこう答えている。

  1. 一般に企業は顧客と投資家に資源を依存している。よって大企業(テレビメーカ)は顧客が求めない<破壊的技術>、投資家が求めない利益率の低い<破壊的技術>に投資することは難しい(第6章)。
  2. 大企業は事前に調査を行い綿密な計画を立てて実行する。しかし<破壊的技術>の市場は未だ存在しないので市場調査や製品計画はできない(第7章)。
  3. 一般に企業は利益率の低い下位市場から利益率の高い上位市場へは移行できるが、その逆はできない(第4章)。

またクリステンセンは「大企業は過剰品質に陥る」とも指摘している。技術の供給が市場の需要を超えることがある。大企業は高性能、高利益率を目指すため製品に余計な機能を追加し機能過剰になってしまう(第9章)。本記事の「4K」は過剰品質なのではないか。

4.テレビメーカが<破壊的技術>を開発するにはどうしたらいいか?

イノベーションのジレンマ』におけるクリステンセンの答えは次の二つ。

  1. <破壊的技術>の開発を小規模で自立的な別組織に任せる(第6章)。
  2. <破壊的技術>への投資を試行錯誤による学習ととらえ、失敗に備え最初から成功を期待しない(第7章)。

日本のテレビメーカがこういう方法をとっているという話は聞かない。


【追記】
2ちゃんまとめサイトでも取り上げられていた。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1672156.html
基本的には「テレビメーカは分かってない。コンテンツがないので4Kなんて売れない」というレスがほとんど。

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

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イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき

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