野田内閣 「財務省内閣だ」:政治過程を見る視点

毎日新聞より。http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110903k0000m010182000c.html

野田内閣:背後に岡田・仙谷氏 海江田氏「財務省内閣だ」
閣議に臨む野田佳彦首相(中央)ら閣僚=首相官邸で2011年9月2日午後6時、竹内幹撮影
 今回の閣僚人事で、野田佳彦首相の意思が鮮明に表れたのが安住淳財務相古川元久経済財政担当相の起用だ。2人とも初入閣で行政手腕は未知数だが、後ろに民主党岡田克也前幹事長と仙谷由人官房長官が控える。「野田−岡田−仙谷ライン」がにらむのは消費税率を10年代半ばまでに10%に引き上げる税と社会保障の一体改革。抜てき人事は、その実現へ向けた「一体改革シフト」(内閣官房幹部)の意味を持つ。
 「せっかくのお話ですが、今回はお受けできません。1年間は休ませてください」
 岡田氏は1日、財務相就任を勧める藤井裕久財務相に伝えた。藤井氏は財務相時代、野田首相を副財務相に重用、昨年9月には幹事長就任を固辞する岡田氏を説得した。野田、岡田両氏にとっては「師匠格」の長老だ。
 藤井氏は野田首相に託した消費税引き上げの道筋が途絶えるのを懸念し、人事構想を練る首相に「財務相を任せられるのは岡田君しかいない」と助言。全面的に賛同した首相は、藤井氏への固辞電話の後もギリギリまで就任要請を試みた。
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 そこで白羽の矢が立ったのが、国対委員長として岡田氏を支えた安住氏。予期せぬ大役に戸惑いを隠さず、昼食の席で記者団に「口を慎んで頑張ります。味の感覚がない」と神妙に語った。古川氏は仙谷氏の側近で、税と社会保障一体改革を藤井、仙谷両氏と連携してまとめた。仙谷氏は首相に「今回は自分より古川君を優先してほしい」と伝えていた。
 「影の財務相が岡田さん、影の経済財政担当相が仙谷さん」(民主党中堅議員)という指摘が出ている。
 挙党態勢を狙った閣僚・党役員人事には歓迎ムードも広がっている。だが、そうした中で閣外に去った海江田万里経済産業相は周辺に不満を漏らした。「『財務省内閣』ですよ。私は増税反対と言ったから入閣はないと思っていました」
毎日新聞 2011年9月3日 2時30分(最終更新 9月3日 2時45分)

野田内閣が「財務省のいいなり」で、「増税内閣だ」というのは、広くとられている見解だろう。自分が問題にしたいのは、このような見解をとる根拠。言い換えれば政治過程を見る視点をどう選ぶかという問題だ。
自分は、この記事のように、政治過程を省庁の政策選好という観点から見るのが重要だと思う。従来の「右派 対 左派」という観点があったが、大雑把すぎるように思う*1。それに対し、省庁の政策選好という観点は、個別的だが明確だ。この記事では財務省増税という政策選好だ。
なぜ、省庁の政策選好という観点が有効なのか。それは現在の政治過程が官僚内閣制であるため。
官僚内閣制は、議院内閣制との対比で作られた言葉だろう。松下圭一氏(法政大名誉教授)が作ったようだが、現在では飯尾潤氏(政策大学院大)が有名だと思う。なお、松下氏は菅直人の政治思想的基礎を提供した政治学者だ。さて、官僚内閣制とは<内閣が官僚の政策選好を代表する閣僚からなる>ことだ。議院内閣制では、内閣が国会の政策選好を代表する議員からなることに対比される。飯尾潤『日本の統治構造』(2007)から引用すると

この現象に着目すれば、議会を背景とする議院内閣制に対して、官僚からなる省庁の代理人が集まる「官僚内閣制」と呼ぶことができよう(p.25)

となる。

この官僚内閣制は、当然に民主主義に反する。つまり、憲法に反する。よって、この官僚内閣制は、日本政治の根本的な問題だ。例えば、Aという政策選好をもつ有権者がAをマニフェストに掲げる政党に投票し、その政党が政権をとったとしても、その政権は官僚の代理人である閣僚から構成されるため、Aという政策選好は官僚の政策選好Bに歪められる。このBという政策選好は有権者がどの政党に投票しようと変わらない。これは民主主義の否定だろう。

政治家も官僚内閣制に手をこまねいていた訳ではない。政治改革・行政改革がテーマとなった90年代以降、政治家は常にこの問題に取り組んできたといえる。しかし、未だに解決できていない。官僚内閣制には、行政の拡大・複雑化という社会的な背景と、日本の政治制度(政治アクターの行動を制約するルールの集合)の変遷という歴史的な背景があるためだ。このような背景のもとに官僚は利権を分配する能力を有し、利権を分配することで票を買う政治家と利権で金を稼ぐ企業をしたがえるようになる。こうして形成された政官業の癒着(いわゆる鉄の三角形)が官僚内閣制という問題が導く負の帰結だ。政官業の癒着の分かりやすい例は経産省(原子力保安院など)と東電だろう。
また、利権を分配することで、官僚は地方をもしたがえる。よって、利権の分配は中央と地方の関係にも影響しており、地方分権と官僚内閣制の問題はつながっている。

では政治家は官僚内閣制の問題にどう対処すべきか。すべての省庁を一度に敵に回すのではなく、省庁間の敵対関係を利用して、個々に叩いていくという方法が有効だろう。それを相対的にうまくやったのが小泉内閣だったように思う。野田内閣においても、税と社会保障の一体改革を単なる増税ですませると財務省の利益を図るだけだ。せめて年金給付の減額など、厚労省の利益を削る政策とセットで行ってほしいものだ。
このように自分の採用している政治過程を見る視点は<省庁の政策選好とそれに対応する政治家>という関係だ。

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

政治・行政の考え方 (岩波新書)

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*1:大雑把な分、省庁の政策選好が特にない争点でも一応の軸になるというメリットはある