続・落とし穴事件:バカと「バカになること」と強度

以前のエントリで、石川の落とし穴事件について「馬鹿だなぁ」で済ませてしまっていたが、そんなところで思考停止している自分が馬鹿だった。改めて考えると、
1.<砂浜に落とし穴を掘って、誕生日を迎える夫を落とし、ビックリさせて祝おう>というのはまさに<強度>を求める行動ではないか。そして2.<強度>を求める行動は一般的にバカな行動なのではないか。今回はこの2点について考えてみる。


1.について。
このブログでは<強度>を求める行動として、イギリスの暴動、ドラッグ、クラブ、2ちゃんの祭り、フジテレビデモ、花王デモなどについて触れてきた。
以前にも書いたが、これら<強度>を求める行為には(1)「それ自体が目的」「意味がない」、(2)高揚感・一体感という特徴がある。
落とし穴に落とすこと以外に意味はないし、友人たちで穴を掘っている間は一体感もあっただろう。そして落とし穴に落とし、ビックリさせて祝うという高揚感を味わおうとしたのだろう。例えば、youtubeに結婚する新郎をその友人が落とし穴に落として祝う動画があった。これなどを見れば<強度>を求める行動としか思えない。


2.について。<強度>を求める行動は一般的にバカな行動であるというのは直感的には正しそうだ。本当に正しいか考えてみる。
まず、以前のエントリで書いたように、ここで採用するバカの定義は<論理のつながりをすっ飛ばす者>だ。簡単に言えば推論をひどく誤る者だ。
一方、<強度>は「今、ここ」(right here, right now)に象徴される。<意味>が将来のことを考えるのと対蹠的だ。
ここで、将来のことを考えるには「AならばB。BならばC。Cならば…」という推論が必要だ。よって、<意味>を求める行動は推論を行うが、<強度>を求める行動は推論を行わないと考えられる。
例えば、「今は大変でも、勉強しておけば、いい学校に入れて、いい会社に入れて、いい人生が送れる。だから、今勉強することは<意味>がある。だから、今は我慢しよう」という幻想は推論に基づいている。この推論が脱工業化によって真から偽になっているのが問題なのだが。
一方で例えば、イギリスの暴動は「暴れること自体が楽しい」。これで終わりだ。「暴動を起こせば、イギリス政府が教育を充実させてくれて、自分たちの労働市場での価値が上がって、いい仕事が見つかって、生活がよくなる。だから暴動しよう」という推論はない。
よって<強度>を求める行動は一般的に<推論をしない>と言える。推論を誤る訳ではないのでバカとは言えない。しかし、両者は似ている。
それが表れているのが「バカになれる」という表現ではないだろうか。「バカ」という言葉が「夢中になれる」というポジティブな言葉として使われることがある。「夢中」とは辞書によれば「一つの物事に心を奪われて我を忘れること」(大辞林)。まさに「今、ここ」である。「夢中」とは<推論をしないこと>にかなり近いと言えるのではないか。<砂浜に落とし穴を掘って、誕生日を迎える夫を落とし、ビックリさせて祝おう>というのはまさに<強度>を求める行動ではないか?穴を掘ってる妻と友人は、穴を掘っている間、「夢中」になれていた、すなわち「バカになっていた」のではないか?*1そして、<夫と妻まで死ぬ>という結果が推論(予見)できず、多くの人に「バカだなぁ」と思われたのではないか?
やはり、直感は正しく、<強度>を求める行動とバカ(な行動)は似ている。


以上2点から何が言えるか。自分としては次のように言いたい。
以前から書いているように現代の社会では<意味>が消滅し稀少になっている。例えば、世界的にはキリスト教マルクス主義。身近には家庭幻想、会社幻想(終身雇用・年功序列)、教育幻想(「いい学校、いい会社」)。
これら稀少になった<意味>の代わりに、人は<強度>を求める行動に出ている。しかし<強度>を求める行動は論理的にバカな行動に似ている。よって人びとが<意味>を失い<強度>を求め続ける限り、落とし穴事件のようなバカな事件は続くのではないか。例えば、2ちゃんの祭りをなくすためネットを規制しても、他の<強度>を求める行動(代替財)に移るだけだろう。そしてバカな事件が繰り返されるのではないか。

やはり根本的な問題は、社会のメンバーにどうやって<意味と強度>を与えるかという問題だ。

現実

読売新聞より。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110831-OYT1T01104.htm

石川県かほく市大崎の大崎海岸で27日夜、砂浜に掘られた落とし穴に、金沢市湖陽、会社員出村裕樹(ひろき)さん(23)と妻の里沙さん(23)が転落、窒息死した事故で、2人は落とし穴を覆っていたブルーシートに包まれるような格好で転落し、シートを隠すためにまかれた大量の砂に埋まって死亡した可能性が高いことが捜査関係者への取材でわかった。
 穴掘りの最中にはメンバーが「深すぎて危険では」と指摘しており、県警は、重過失致死の疑いで里沙さんや穴掘りに参加した友人らを立件する方針。
 捜査関係者によると、里沙さんと友人らは落とし穴を畳約6畳分のブルーシートで覆い、その上に砂をかぶせていたという。2人は、シートに包まれるような状態で頭から転落しており、穴を覆ったシートを隠すために敷かれた大量の砂が2人に降りかかり、埋まった可能性が高いとみられる。
 一方、落とし穴作りの最中、友人男性の1人から「穴が深すぎて危険なのではないか」との発言があり、元々は予定していなかったマット数枚を調達し、穴の底部に敷き詰めていたことも判明。県警は、危険性を認識した上での行為だったとみて、友人らから任意の事情聴取を続けている。落とし穴作りは、9月1日に誕生日を迎える裕樹さんを驚かせようと、里沙さんが発案。当日は友人の男女6人と昼過ぎから約5時間かけて、2.4m四方、深さ2.5mの落とし穴をスコップで掘った。
 里沙さんは自宅に戻り、裕樹さんと夕食後、海岸に連れ出したという。計画では、裕樹さんだけを落とすはずだったが、2人は暗闇の中を携帯電話の明かりのみで落とし穴に向かって進んだため、里沙さんは穴の周囲に目印に置いていたペットボトルに気付かず、誤って一緒に転落したとみられる。
(2011年9月1日14時56分 読売新聞)

*1:記事によれば「危険では」と指摘した友人がいた。少しは冷静になっていたようだが、不十分だった。バカになるとそう簡単に止まれない。