都が企業への「備蓄条例」検討:アクター・均衡・制度・制度変化

現実と抽象

珍しく石原氏がマトモなことを言っている。
台風が直撃しているのに帰宅しようと人びとがターミナル駅に殺到するのはおなじみの囚人のジレンマだ。帰宅する人はそれぞれ帰宅時間をずらした方が、全員にとって高い効用が得られることは分かっている。混乱なくスムーズに帰れるので。これが良い均衡。しかし人は「自分一人くらい先に駅に行っても大丈夫だろう」と抜け駆けする。するとスムーズに帰れるので、その人は高い効用が得られる。この状態は均衡ではない。なぜなら全員が同じように考えるから。そして結局は全員が抜け駆けしようと駅に殺到して、全員にとって低い効用しか得られない。これが悪い均衡。つまり昨日の品川駅など。

この問題は朝の通勤ラッシュも同様だろう。


では、どうやれば良い均衡(オフピーク通勤・帰宅)を達成できるか。
単純な解決方法は法律で個人ごとに電車に乗れる時間を割り当てることだろう(強制力)*1。もちろん現実性がないが。より現実性のある方法としてはピーク時の運賃を値上げすることだろう。ただ、この方法は日常の通勤にはよいが、台風などの災害時の帰宅には適用できないだろう。本記事のように「帰宅する人を遅く帰らせる(または逆に早く帰らせる)」インセンティブを企業に与えるというのは現実性のある一つの方法だ。例えば、帰宅困難となった従業員の宿泊費の支払いを企業に義務づける条例を制定すれば、企業は従業員を早く帰らせる(又は出社させない)インセンティブがはたらくだろう。また例えば、宿泊費は従業員が自腹を切る(あるいは職場に泊まる)としても翌日有給休暇を与えることを義務づける条例を制定するとか。


ある制度(早い者勝ち=改札に行列)の下でアクター(企業・帰宅する人)の選択する行動によってある均衡(駅に殺到)が成り立っているときに、制度(条令)を変えて、アクターのインセンティブを変える。するとアクターの選択する行動が変わって、新たな均衡(オフピーク)に達する。このような流れが社会問題解決の一般的な流れではないだろうか。


なお、昨日の品川駅の駅員に対して文句をたれている人がいるが、「浅薄」という印象しか受けない。目の前のことしか見えていない。上に書いたようなインセンティブや制度から考えないと。
http://anond.hatelabo.jp/20110922010047


読売新聞でも取り上げられていた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110922-OYT1T01130.htm
この記事に対して多いコメントは「むしろ休ませろ。早く帰らせろ」「条例は不要。自己責任でやらせればよい」「残業を助長する」など。「合成の誤謬への対策として正しい」など賛成も多い。このうち「自己責任」というコメントは誤り。その典型がこのコメント。

こんなおバカな条例に賛成する人がいるんだね。出勤しなければいいだけなのに。

囚人のジレンマなど集合行為問題合成の誤謬社会的ジレンマとも)の何たるかが分かっていない。個人が自己決定で合理的に行動すると全体としては非合理になるから問題なのに。制度も何もないのにただ「出勤しない」なんて選択肢とれる人ばかりだと思うのは非常識だろう。発言者は無職かフリーターか学生か?

現実

産経新聞より。http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110922/lcl11092216410005-n1.htm

東京都が企業への「備蓄条例」検討…震災、台風での帰宅難民受け
2011.9.22 16:39
 地震や水害など大規模災害時の帰宅困難者対策として、東京都の石原慎太郎知事は22日の記者会見で、企業に水や食糧の備蓄を義務づける条例案を検討することを明らかにした。
 東日本大震災で、都は帰宅困難者10万人を公共施設などで収容した。21日に台風15号が直撃した際には、交通機関が混乱し主要駅で大量の滞留者が発生した
 石原知事は「台風の場合は過ぎれば交通機関も復活する可能性は十分ある。無理して帰宅せず自分の職場に留まることも大事だ」とし、「災害に備え企業も備蓄しておくべきだ。法律で決めるわけにはいかないため、条例で促す措置をとった方がいい」と述べた。

*1:ディズニーランド・ディズニーシーのファストパスを思い出そう。