モスク建設計画に地元町会「引き下がって」:マイケル・サンデル批判

現実

読売新聞より。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111004-OYT1T00228.htm

モスク建設計画難航…地元町会「引き下がって」
 石川県内在住のイスラム教徒らでつくる「石川ムスリム協会」が中心となり、金沢市内で進めている県内初のモスク建設計画が、地元町会の反発で難航している。
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 同協会は、金沢大の留学生を中心に約100人が所属しており、出身は東南アジアや中東などさまざま。
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 ところが、住民理解を得るための説明会では、集まった周辺3町会の住民約20人から、イスラム文化への疑問や不安を訴える声のほか、騒音や駐車場、建物の外観などへの注文が相次いだという。
 協会側は「不安はあると思うが、一つずつ解決する」と訴えたが、町会側は「説明会後に町会内で話し合ったが、反対意見がほとんど」として、反対の立場を固めている
 若松東町会の室井健会長(53)は「反対する一番の理由は、イスラム教に絡んでテロが起きている中、いろんなことが想定されるから」と強調。「異文化理解と言っても、静かに過ごしてきた年配の人にとっては不安。今は住民に理解しようという気持ちが生まれていない」と、イスラム教に対する地元の拒絶感があることを認める。
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 同協会は近く、建物の外観を制限する市景観条例などに基づき、市にモスクの建設許可を申請する。条例は地元同意を必要としていないが、松井副会長は「強引に進めたくない。たとえ工期が延びても説明を繰り返したい」とし、今後も理解を求めていく意向だ。一方、町会側は「穏便に引き下がってほしい」としており、接点は見いだせないままだ。
(2011年10月4日13時36分 読売新聞)

北陸地方ではイスラム教関係で以前にも問題があったようだ。
北國新聞より。http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20110828101.htm

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イスラム教をめぐっては、2001(平成13)年に富山県小杉町(現在の射水市)の路上でイスラム教の聖典コーランが破り捨てられていたことを受け、教徒が富山県庁や県警に抗議に押し寄せた。福井市では昨年10月、モスクの駐車場に止めてあった車が放火され、モスクに外国人を中傷する張り紙が貼られた。隣県でこうした騒動が起きたことも あり、金沢市若松町の住民の中にはモスク建設に不安を口にする人もいる。
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現実と抽象

モスク建設に地元町会が反対しているという記事。政治哲学の講義で典型的に議論されそうな事例だ。今回はこの記事からコミュニタリアンというかマイケル・サンデル批判を。


この記事に対するコメントを見ると「ヒドい」「偏見だ」と町会を批判するものが多い。自分は、そうコメントしている人たちの中にマイケル・サンデルの本を読んで「市場主義によってコミュニティが破壊されている。コミュニティの政治的決定は重要だ」なんて呑気なことを言っている人がいないことを願う。
合理主義・市場主義が進展し、コミュニティが崩壊した現状で「昔は近所の助け合いが盛んでよかったなぁ」といった懐古趣味から「連帯は重要だ。そのためにはコミュニティ復活だ」という流れでサンデルに共感している人が結構いるように思える。当然中高年が主だろうが。
本件の町会は典型的なコミュニティであり、モスク建設反対はコミュニティの政治的決定に近い。このように「コミュニティの政治的決定の尊重」というのは、美辞麗句に過ぎない。決定の内容が具体化した瞬間に本件のように正義(公正)に反する結果となる(場合がある)。
この記事を読んで「町会はヒドい」と思うこととサンデルの上記主張に賛成することは両立しない。「オレは別に矛盾しててもいいんだ」っていうなら何も言うことはないが。そういう人は自分がダブルスタンダードであることは自覚すべきだろう。
またサンデルは「コミュニティ同士で善が一致しない場合も議論して正義(善)を見出す」とか呑気なことを言っている。しかし記事中の「今は住民に理解しようという気持ちが生まれていない」という言葉に表れているように議論すらする気がないようだ。議論できたとしても正義は見出せないという問題ももちろんある。


自分はリベラリズムの立場に立つので、当然イスラム教徒は法律の範囲内でモスクでも好きに建てる自由があると考える*1
ただリベラリズムにも当然問題はある。この件の場合はアメリカのように人びとが多文化モザイク(いわゆるサラダボウル)になるという問題。記事にあるように話し合いで相互理解というのは当然必要だ。だが現実的でないという話。このような厳しい現実(価値の比較不可能性)に対してコミュニタリアンは呑気だということ。

参考文献

このエントリに書いたサンデルの考えはどの著書にも出てくる話だが、全著書を概観する小林正弥『サンデルの政治哲学』(2010)を読むと最も分かりやすいだろう。

サンデルの政治哲学?<正義>とは何か (平凡社新書)

サンデルの政治哲学?<正義>とは何か (平凡社新書)

*1:そういえば子どもの頃オウムの施設が近所にあったことを思い出した。