違法同人DLサイトを擁護するのに使える著作権法の学説

前々回、前回に続き「不適法な二次的著作物の複製は侵害か?」という問いについて。

1.問いへの答え

この問いの答えは現時点では「二次的著作物*1はたとえ不適法であっても(1)著作権が発生し、かつ、(2)その権利行使ができる」となりそうだ。
根拠となる学説については前々回のエントリ参照。
根拠となる裁判例については前回のエントリ参照。ただ裁判例は傍論であるため参考程度だ。よって答えは「現時点」のもの。なぜ傍論かというと違法な二次的著作物の著作権者(違法同人サークル)がその複製(違法同人DLサイト)を訴えた裁判例ではないからだ*2。このことは違法同人DLサイトの管理人らしき人もそう言っているので確からしい。なぜ確からしいか。利害関係のある本人の発言なので。経済学でいう顕示選好みたいなものだ。

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/27(木) 02:35:42.94 ID:6uPkis880
ちなみに同人ソフトを版元が訴えた判例はあるのですが(同人側の敗訴)、
同人サークルが違法アップロード者を訴えたことをきいたことがないので、[…]
http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51673339.html


ということで、現時点の答えは出た気がするが、通説に反対する学説(「原作者の承諾のない二次創作には著作権ない」)があるので、それを紹介してみたい。ただし若干テクニカルな内容かもしれない。

2.半田氏の学説(なぜ不適法な二次的著作物には著作権が発生しないのか?)

今回依拠する学説は半田正夫氏(青学大)によるもの。半田氏は著名な著作権法学者、現在は青学の理事長。著作権法だけでなく民法の教科書も書いているあたりが特徴的。具体的には氏の『著作物の利用形態と権利保護』(1989)の内容を参考にする。もちろん半田氏は同人誌とは無関係に本書を著している。


半田氏の学説は「不適法な二次的著作物には著作権が発生しない」というものだ。よって権利行使も当然できない。なお「不適法な」とは原著作者の許諾を受けていないという意味だ。


半田氏の挙げる著作権が発生しない論拠は6つ。これらの論拠で違法同人DLサイトは違法同人サークルに「お前は著作権者ではない」と反論できるということだ。認められるかはともかく。『同人探』もこれくらい理論武装すれば…(「LINDA ProjectのLINDA様、『NARUTO』はあなたの著作物ではありません。」)。


(a)改正の経緯からすべての著作物に適法要件が課されるから
適法要件というのは旧著作権法22条で定められていた「適法でなければ著作権が発生しない」という条件。改正の経緯とは適法要件を廃止して現行著作権法27条を設けたこと。

第二十七条  著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

実は旧法で、適法要件は一定の種類の二次的著作物のみに課されていた。現行法27条では二次的著作物の種類を限定しない規定に改正された。よって、現行法はすべての二次的著作物に適法要件を課す趣旨だ、と半田氏はいう。


(b)違法な二次的著作物に著作権を認めても実効性がないから
なぜなら二次的著作物も原著作者にその利用を差し止められてしまうため(112条)。また違法な二次的著作物から得た利益も原著作権者から訴えられれば全額吐き出さなければならないため。まあ同人誌については原著作(権)者(岸本斉史氏や集英社)と二次創作者の関係は様々なのかも知れない。

第百十二条  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。


(c)著作人格権の規定(18〜20条)において同一性保持権(20条)だけ「二次的著作物も同様」と規定されていないから
こういう条文の違いを見つけるのは「さすがだなぁ」と思う。説得力があるかはともかく。
さて、この(d)は一見分かりにくいが次のように考えるのだろう。20条で「二次的著作物も同様」と規定されていないのはなぜか→不適法な二次的著作物には同一性保持権が発生しないからだ。同一性保持権が発生しないのはなぜか→不適法な二次的著作物にはそもそも著作権が発生しないからだ。
しかしこの議論には難点があるように思う。公表権(18条)と氏名表示権(19条)は不適法な二次的著作物にも発生するように読めてしまうからだ。同一性保持権と複製権など財産権が発生せず、公表権と氏名表示権が発生するのは変だと思う。

第十八条  著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの[…]を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする

第十九条  著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする

第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。


(d)違法な二次的著作物に著作権を認めると11条の存在意義がなくなるから
法学でよくある立論の仕方だが、これも「さすが」の反論。意味はこうだ。違法な二次的著作物に権利を認めると、11条はわざわざ規定するまでもなくなる(不要になる)。半田氏のように、二次的著作物の権利発生には原著作者の許諾が必要と考えれば、「承諾により原著作権者の権利が狭まってしまうのではないか」という疑念が生まれるので、11条でその疑念を消すという存在意義が出てくる、ということ。

第十一条  二次的著作物に対するこの法律による保護は、その原著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。

(e)違法な二次的著作物と適法な二次的著作物を同等に保護するのは国民感情に反するから
これは法律論ではないので一人ひとりの問題。ただ法学では国民の間の共通理解というのも重要だ。社会通念と呼ばれもする。


(f)違法な二次的著作物に著作権を発生させない方がベルヌ条約2条、アメリ著作権法103条(a)との整合性があるから
WIPO(国連の中の知財に関する機関)によるベルヌ条約2条(3)の解釈は「保護ある著作物を翻案するには原著作者の同意が必要である」というもの。これは原著作者の承諾がなければ著作権が発生しないという意味ではないか、と半田氏はいう。
アメリ著作権法については前々回のエントリで書いたのとほぼ同じ。半田氏は「原著作物の著作権者の承諾を得ていない二次的著作物は著作権法上の保護の対象とならない趣旨」と解釈している。

ベルヌ条約2条(3) 文学的又は美術的著作物の翻訳、翻案、編曲等による改作物は、その原作物の著作者の権利を害することなく、原著作物として保護される。

米国著作権法103条(a) 第102条に規定する著作権の対象には、編集著作物及び二次的著作物を含むが、著作権が及ぶ既存の素材を使用する著作物に対する保護は、当該素材が不法に使用されている場合には、それが使用されている当該著作物のその部分には及ばない。

3.半田氏の学説についてのコメント

素人の感想としては6つの論拠ともそう強くはないように思える。
(a)は実際にそのような改正の経緯を示す資料がない。むしろ(a)と反する改正経緯の資料がある。(b)については原著作権者が差止めを求めるかは原著作権者次第。(c)の難点は上に書いた。(d)もそのような改正経緯の資料がない。そもそも実際に法改正を担当した加戸守行氏(当時文部省著作権課の課長補佐)の見解(「著作権は発生しない」)が通説になっているので改正経緯を根拠にするのは難しいのでは。(e)(f)は裁判で主張しても…という感じがする。
以上から、このような反論ができれば違法同人DLサークルは「著作権法に詳しいじゃないか」と感心されるかもしれないが、「実際に裁判で勝てるか」と言われると「厳しそう」という結論になりそうだ。
残されたチャンスは「違法同人サークルに著作権はある。しかし権利濫用(信義則違反)で行使はできない」という議論だと思うが、これについても参考程度の裁判例は否定的だ(前回のブログへのコメント参照)。また忘れてならないのは、権利濫用という概念は民事のもので刑事にはないということだ*3。刑事において「違法同人サークルに著作権はある。しかし違法同人DLサイトは無罪だ」という議論をするには権利濫用とは別の論拠が必要だろう。


【関連エントリ】
前々回のエントリ 不適法な二次的著作物の複製は侵害か?
前回のエントリ 「不適法な二次的著作物の複製は侵害か?」に触れた裁判例(記念樹事件)

著作物の利用形態と権利保護

著作物の利用形態と権利保護

*1:前々回のエントリで言及したようにそもそも著作物でないとされる可能性はある。例えばポケモン同人誌事件では同人誌の著者が複製権侵害で有罪になったという。複製ということは「二次的著作物ではない」ということ。http://yuzuriha.sakura.ne.jp/~akikan/kaigai/tyosaku.html

*2:このような裁判例があればコメントいただければ幸いです。

*3:刑訴法に公訴権濫用という議論はあるが別の話だろう。