養老孟司、茂木健一郎、山内昌之、橋本治ほか『復興の精神』

2011年の本を紹介するシリーズ14冊目。今回も13冊目橘玲『大震災の後で人生について語るということ』と同様震災関連の本書を。本書を読んでの感想は、以前、紹介した内田樹・中沢新一・平川克美『大津波と原発』の中の中沢氏の発言を読んだときと同じような感想をもった。それは(もちろん全員ではないが)「"文学者"はダメだなぁ」というもの。

復興の精神 (新潮新書 422)

復興の精神 (新潮新書 422)

養老孟司茂木健一郎山内昌之橋本治ほか『復興の精神』(2011)岩波書店 ★★

最近、池田信夫ほか『3.11後日本経済はこうなる!』や『マイケル・サンデル 大震災特別講義』など大震災ものを読んでいるので、ついでに読んでみた。お目当てはお気に入りの作家の一人橋本治氏。本書は橋本氏ら9人が大震災について書いた文章を編集したもの。
読んだ印象は『3.11後日本経済はこうなる!』の方がマシというくらいレベルが低い。『3.11後日本経済はこうなる!』を読むと「経済学者は・・・」と思ってしまうが、本書を読むと「やはり経済学者は"文学者"よりはよっぽどマシだな」と思ってしまう。本書の著者9人はかなり偏っている。作家・坊主・医師が大部分という・・・。それに歴史家が1人。茂木健一郎氏も書いていることは科学者とは思えないしなぁ。

養老孟司

当たり前な話が多いが本書の中ではまだいい方。情念的な話だけでなく以下のような理性的な話も一応している。分かってて情念的な話をしているのだろうか。

地震津波は天災(自然)で原発事故は人災。天災にはピースミールがよいが、人災では権力を集中させ一気にやった方がよい。
抽象論だった環境保護などが電力不足の状況下で具体的に議論できる。
この2点は賛成できる。

茂木健一郎

以前茂木氏のエッセイ『脳の王国』(2011)を読んで「浅い、薄い、ありきたり」という印象をもったが、本書での文章もほぼ同様。無内容。前原外相の在日韓国人献金問題などを例にあげ、マスコミの過剰コンプライアンスを批判している。そして大震災のおかげで過剰コンプライアンスが和らぐかもしれないと言っている。だからなんだ。当たり前だろう。郷原信郎氏のように何か内容のあることを言わないと意味がない。

山内昌之

茂木氏の文章も酷いが、本書でいちばん酷いのはこの人の文章だろう。山内氏は東京大学教授、歴史学者。専門はイスラム史。弟の山内進氏の法制史の本は読んだことがあるが(『概説 西洋法制史』や『決闘裁判』)、昌之氏の文章は初めてだと思う。


山内氏の主張はマルクス主義っぽくて気持ちが悪い。言い換えると「贅沢をしている人間がむかつく」という感情がこもっていて気持ちが悪い。思い出すのはバートランド・ラッセル神秘主義と論理』(1918)だ。山内氏の文章は、まさにラッセルが批判しているもの。山内氏の態度は、ラッセルが提案する「世界を[・・・]個人の欲望という色眼鏡を通してではなく、できるだけあるがままに」観る態度と真逆だ。「それはお前の欲望で、社会はお前の欲望どおりには動かないぞ」と言いたくなる。「市場メカニズムが嫌いなんだろうけど、市場メカニズムに勝てなくて残念だね」とも。

テレビなどで昼と夕と夜とを問わず流される、芸能人や何を生業にするか定かでない人びとの「これみよがしの贅沢」や、人びとの羨望や嫉妬をわざと刺激するような番組は、さながらスミンデュリデスの生活を再現するようなものではないのか。(p.77)

スミンデュリデスなんてどうでもいいが、こういう衒学的な無意味な引用がやたら多いのも腹が立つ。

政治家として押さえるべき本質は、何でも好きなときに好きなだけの欲望を充たせるエピキュリアンめいた生活を見直し、ライフスタイルを変える発想を国民の先頭に立って進めるべきではないのか(p.81)

他にも菅首相のリーダーシップ欠如とか無意味な批判を書いている。

こういうことを書く人間が東大教授のような影響力のあるポジションから早くいなくなるとといいなぁとも思う。山内氏は1947年生まれなので、あと少しで東大からはいなくなると思うが。

【南直哉】

禅僧。自分が読んだ本では内田樹氏、釈撤宗氏に近い。例えば『現代霊性論』(2010)。宗教は"文学者"が活躍できる数少ない分野だろう。内田氏の本の中でも比較的まともなのは宗教論・身体論・教育論。同様に南氏の文章は本書の中ではいい方だと思う。ただやはり「市場を否定し、日本人はモラルが高いからそれでも大丈夫だ」というパターンにははまっているが。

一億総懺悔しろとは言わない。電力会社と原発推進派の責任は相対的に重い。これは常識的。

橋本治

病気療養中だったようだ。「四ヶ月近く入院」とか「毛細血管が炎症」とか書いてある。心配だ。

今回の復興は阪神淡路大震災とは異なる。今回は衰退した地方での復興だから。

復興に要する資金をいくら投入しても、ペイするか分からない地域の復興なのだ。(p.166)

阪神淡路大震災では復興→再び経済成長というモチベーションがあった。今回の復興は「もう経済成長はない」という前提で考えるべき。まさにこの点が重要だろう。橋本氏のいつもの近代論だが本書のテーマにも当てはまっている。こういう認識をしている橋本氏だけが本書の中で社会科学の要素をもっている。
そして、今回の震災を「戦後最大の危機」と呼んだ管直人を批判している。戦後=近代の枠組みで捉えているので。ありがちなリーダーシップ欠如批判ではなく、このような批判であれば有用だ。橋本氏は単に菅を批判しても仕方ないとも言っている。


そのほか、当たり前な感想がそのまま書いてあるが、なぜか面白い。すっかり橋本氏ファンだなとわれながら思った。

「大地震が来るとトイレットペーパーが必要になる」と考える人の頭の中が分からない。(p.154)

「ということは、今まで"廃炉にする"という明確な方針を持たずにいたわけ?」(p.160)

東京電力の記者会見を見るのをやめてしまった。見るだけでイライラする。(p.158)

全くその通りだし、なぜか笑える。このような雑感と冒頭の療養中で体力がないという話がきれいに接続されており、文学的な意味でも、文章全体としても、よく構成されている。自分の受けた印象では、本書の中で橋本氏の文章だけが群を抜いてよい。

【大井玄】

東大名誉教授、医学者。山内氏ほどではないが、この人も「自分の欲望という色眼鏡」で見てるなという印象。昔からそうだが、やはり医師って"文学者"ぽいなと思う。森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』(1999)を1ページ近く引用する辺りも香ばしい。大井氏と森嶋氏は話が合いそうだ。『なぜ日本は没落するか』は自分の中では森嶋氏がトンデモ化した後の本だ。自分の理解では森嶋氏は『思想としての近代経済学(1994)を最後に90年代後半からはトンデモ化している(例外もあるので以前からその傾向はあったが)。

瀬戸内寂聴曽野綾子、阿川宏之】

復興する前に亡くなってしまいそうな(阿川氏は自分でそう書いている)ご老体の3人が巻末に続く。瀬戸内寂聴氏はまだまともだと思った。曽野・阿川両氏は「もうイっちゃってるな」という感じ。まあこの歳だし「好きなことを書けばいいんじゃないの」という感じで、ある意味微笑ましいとも思ったり。


曽野氏はスイス政府『民間防衛』を読んで水などを備蓄しているという。この本は小室直樹氏の戦争・国際法関連の本でよく出てきたものだ。


息子の阿川尚之氏の本は何冊か読んだが(オススメの新書10選に挙げた憲法で読むアメリカ史』など)、父親の文章は初めて。というかまだ存命だったのか。1920年生まれとのこと。「極端な親米」という感じで、尚之氏も影響を受けたんだろうなと思った。「改憲して核武装しろ」などと主張している。自分で「老人の空語」とも。

【関連エントリ】

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民間防衛ーあらゆる危険から身をまもる

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脳の王国

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