橘玲『大震災の後で人生について語るということ』

2011年の本を紹介するシリーズ13冊目。12冊目岩田規久男『経済復興』に続いて震災関連の本書を。橘氏のプロフィールはよく分からないが、もともと金融機関か何かでサラリーマンをやっていたようだ。その経験にもとづいていると思われるが、著書のほとんどが投資/資産運用をテーマにしている。小説でデビューした人で、その最初の作品マネーロンダリング(2002)はおもしろい。

大震災の後で人生について語るということ

大震災の後で人生について語るということ

橘玲『大震災の後で人生について語るということ』(2011)講談社 ★★★

今までの総まとめのような本。同じく総まとめとして『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(2002)があった。本書よりこちらの方がよい。本書はまとまりが悪いから。
大震災については「ブラック・スワンだ」というくらいで特に書いていない。基本的には<大震災の後でますます従来の幻想(持ち家幻想・会社幻想(終身雇用崩壊)・国家幻想(財政破綻))に頼るリスクが高まった>という話。


本書の大まかな構成は前半でそのリスクについて。国家幻想については新しい。他の2つは従来から。後半では「伽藍からバザールへ」という『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(2010)で書いていた話が主。あとは法人化とか世界市場投資とか従来からの話。


全体的に「橘氏もネタ切れ感が強くなってきたな」という感じだが、今後も新しいネタを見つけていい本を書いて欲しい。


以下内容のメモ。

●持ち家幻想

橘氏の本で最頻出の話題だろう。帰属家賃。住宅ローンは高リスク。レバレッジが高い(信用取引)。分散投資の反対。リスクが高いからリターンも高くて当然。つまり「賃貸より持ち家の方がお得」で当然。<高齢者は賃貸で借りれない>は本当か。これは過去の話。供給超過になれば高齢者に貸さざるを得ない。
なぜ日本でノンリコースローンが普及しないか。日本の消費者が金利が上がるのを嫌がるため。

●会社幻想

サラリーマンになるということは、会社から毎月給料という配当を受け取り、退職金として元金の償還を受ける債権を買うようなもの。
橘氏は調整ゲームで均衡について説明した後「日本の終身雇用は均衡だ」とする。サラリーマンの関係特殊資産は高リスク。人びとが高リスクを避け出して臨界を超えると均衡が遷移する。

●保険とギャンブル

資産を持つ人がオプションを買えば保険。資産を持たない人がオプションを買えばギャンブル。

●国家幻想

円資産は高リスク。財政破綻で円安になる可能性が高まってきたため。
経済成長の最大の要因は労働人口の増加。
どちらも賛成できるが、不満な点は橘氏財政破綻の定義を散々議論した後で持ち出してくる点。しかも「人びとが国債に不安を持つこと」というマイナーな定義。

●伽藍からバザールへ

伽藍(閉じた日本企業の世界)は悪い評判が残る。よって事なかれ主義になる。バザール(開かれたネットの世界)は良い評判をどれだけ築くか。悪い評判が立っても関係を切り替えられるから。高度成長期は仕事が増えるので、新しい仕事に就くことができる。これにより日本企業もバザールの要素を取り入れていた。しかし今はできない。
「新しい仕事で報いるから終身雇用は良い」というのは高橋伸夫氏(東京大)の議論だ。それができなくなっているのが終身雇用制の根本的な問題。

財政破綻から金融資産を守る

インフレに強いとされる株・不動産で守れるか。バブルにともなうインフレの場合は、守れる。財政破綻の場合は、守れない。株価・不動産価格も下がるので。これが分かってない人がたまにいる。

●為替

インフレ→通貨安。デフレ→通貨高。これが購買力平価説。高金利→(一時的には通貨高でも)通貨安。低金利→通貨高。これが金利平衡説。低金利でもその通貨を買うのは、金利差の分、その通貨が高くなると予想されるから。個人的には金利平衡説は納得し難い。

【参照文献】

※読んだことある人ばかりだった(タレブ、ブキャナン、青木、山岸、小黒、城、鈴木)。コメントは本書での参照のされ方。
ナシーム・ニコラス・タレブブラック・スワン』 ※大震災はブラックスワン
マーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』 ※パー・バクらの砂山崩しモデルを紹介し地震も同じくべき分布だという話
岩田規久男『経済学的思考のすすめ』 ※97年に男性の自殺率が40%上がったのは失業が主な原因
青木昌彦『経済システムの比較制度分析』 ※終身雇用は制度の相互依存性に基づく均衡
山岸俊男=メアリー・C・ブリントン『リスクに背を向ける日本人』 ※リスク回避の傾向。1位日本、2位中国、3位台湾。韓国だけ40位くらいで圧倒的にリスク愛好的。岩田規久男『経済学的思考のすすめ』でも参照されていた。
小峰隆夫『人工負荷社会』
小黒正一『2020年、日本が破綻する日』 ※将来の社会保障債務を含めれば、日本は既に1430兆円の債務超過
小池和男日本産業社会の「神話」』 ※日本人の方が勤務先の企業に悪い印象を抱いている
ロバート・ライシュ『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ
城繁幸『内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊』
山田順『出版大崩壊』 ※経済書の読者は最大400万人。根拠は東大など国立大・早慶など六大学・MARCH・関関同立の卒業生が合計20万人/年(この数字は大企業・官庁・医師・弁護士など専門職に就く人数と同じ)で、このうち男性10万人が経済書を読むという推計。10万人が40年間分いるので400万人。なお、本を読むのは人口の10%。
鈴木亘『財政危機と社会保障

マネーロンダリング (幻冬舎文庫)

マネーロンダリング (幻冬舎文庫)

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法