なぜ特許は既存市場のパイの奪い合いに使われるのか?:切り餅の特許紛争から考える正しい特許の使い方

ZDNetより。
http://japan.zdnet.com/sp/enterprise-trend/35015537/

切り餅の特許紛争から考える正しい特許の使い方
飯田哲夫 (電通国際情報サービス) 2012年03月27日 12時00分


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 では、この特許紛争、なぜ業界内の内輪揉めという印象が強いのか。それは、この特許紛争は必ずしも市場の成長に寄与しないからである。日本経済新聞によれば(3月22日)、2010年の包装餅の市場は492億円でほとんど成長していないという。

 その中で行われる特許紛争は、限られた市場のパイの奪い合いという点において、当事者間にとっては非常に重要な争いである。一方、市場そのものを魅力的なものとはしない、つまり更なる需要を喚起することのないイノベーションは、外部からの強い関心を呼ぶことはない。


 IT業界においては、やはり市場の成長に必ずしも寄与することのない特許の話題が、その規模によってのみ関心を引く。それは、3月23日に報じられた、FacebookによるIBMからの750件の特許取得であったり、昨夏に報じられた、特許の取得を目的としたGoogleによるMotorola Mobilityの買収である。


 これらは、取得した特許によって新しいビジネスを開拓しようというよりは、他社からの特許訴訟に備えて牽制を働かせようというもので、こちらも既に顕在化した市場のパイを奪い合うためのものという色彩が強い。


 特許庁特許法をこのように定義している。

「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」

 つまり、特許によって発明の保護を図ることは、発明から得られる利益を一定期間保護することにあるが、その最終目的は特定の企業のみを利することにはなく、産業全体の発展に寄与することにある。


 それゆえに、保護の側面ばかりが強調され、産業の発達に必ずしも寄与しない特許紛争や特許戦略というのは、本質的な議論とは言い難く、故に当事者以外の関心を呼ばないのである。

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本記事は「正しい特許の使い方」なんて大げさなことを言っているが内容は素人丸出しで低レベル。例えば、特許法1条を「特許庁特許法をこのように定義している」と紹介する一文なんて知財法というか法学というか常識で考えて間違いって分かるだろうに。


本記事の主張する「正しい特許の使い方」は「新しいビジネスを開拓する」ために特許を使うこと。しかし、切り餅特許のように現実には「顕在化した市場のパイを奪い合う」ために使われている、と批判している。


もっともな意見だろう。本記事の著者のように知財に縁のない人の当然の感覚ではないだろうか。そこで今回は「なぜ特許は既存市場のパイの奪い合いに使われるのか?」を考えてみたい。


私が考える一つの理由はネットワーク効果だ。ネットワーク効果がある市場では「特許は既存市場のパイの奪い合いに使われる」と言えるのではないか。なぜそう言えるのか。


その前にまずネットワーク効果について少し説明すると、この言葉は経済学の概念で、正の外部効果とよばれるものの一種。なのでネットワーク効果ネットワーク外部性ともよばれる。ネットワーク効果の例としてよく挙げられるのがキーボードのQWERTY配列。キーボードの配列を統一すること自体がキーボードのユーザ全員にとって利益になる。これは標準化がネットワーク効果をもつと言える*1
このエントリではネットワーク効果を「同じような製品・サービスが多数あればその市場自体が盛り上がりその市場の事業者全員に利益があること」の意味で使う。


ネットワーク効果のない市場では、「ある発明をしてそれを特許化し特許の排他的効力により開拓した市場を独占して利益を得る」という特許法の想定する「正しい特許の使い方」がなされ得る。例えば、製薬業界における新薬の開発や新技術をもとに事業を展開しようとするスタートアップなどが該当するだろう。

一方、ネットワーク効果のある市場、例えば、フェイスブック、ヤフー、グーグルなどを含むネットビジネスの市場では違ってくるのではないか。これらの市場の拡大期には、市場者は互いにネットワーク効果の恩恵を受けているため特許による排他的効力で市場を独占しようということが起きにくい。独占してしまうと新市場自体が縮んでしまうおそれがあるためだ。また本業で利益を得ているので特許で金儲けしようと思わないというのもあるだろう。しかし市場が成熟期に達すると事業者の中に優勝劣敗が明らかになり、市場で敗れた事業者が勝った事業者を特許侵害で訴え、本業の利益(損失)を穴埋めしようとする。


このようなメカニズムが「特許は既存市場のパイの奪い合いに使われる」背景にあるのではないか。もちろんネットワーク効果だけが原因ではないだろう。例えば、まさに切り餅特許の訴訟は切り餅市場というネットワーク効果のない市場で「特許が既存市場のパイの奪い合いに使われる」一例なので。


なお、このネットワーク効果は上に書いたように標準化を含む議論であり、また<システムのどの部分をオープンにしてどの部分をクローズド(プロプライエタリ)にするか>という知財戦略でもっとも重要と思われる議論とも関連するので重要だという認識。

*1:ゲーム理論の調整ゲームとも言える。