アップル 設備投資に5900億円:水平分業か垂直統合か?

日経新聞より。
http://www.nikkei.com/tech/business/article/g=96958A9C93819499E3E5E2E0E08DE3E5E2E6E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E3EAE3E0E0E2E2EBE0E4E2E2

数字が語るアップル「デザイン経営」のすごみ 設備投資に5900億円 2012/4/19 7:00


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◇設備投資額 3320億円

 工場を持たないファブレスメーカーという印象が強いアップルだが、その設備投資額は実はソニーの2049億円をはるかに上回る。2011年は3320億円を注ぎ込んだ。2012年はさらに増額して、5893億円もの設備投資を行う計画だ。


 巨額の資金を活用し、同社は何千台という単位の大量の切削加工機やレーザー加工機を導入。これらを製造委託先の加工工場に貸し出すことで、1枚のアルミ板を削り出して形を作る「ユニボディー」構造など、これまでの常識では考えられなかったデザインを生み出した。実はアップルは新しいデザインを実現するために相当のリスクを負っているのだ。

 モノ作りの常識から考えると、製造委託先の工場や自社工場が持つ既存の生産設備に合わせた加工ができるようにデザインを行うのが当たり前だ。しかしアップルのアプローチは逆。実現したいデザインに合わせて、加工設備をゼロから工場に導入させるのだ。

 その代わりに生産設備のみならず検査機器までをアップルが用意する。これらをどのように使いこなせばアップルが求める品質のデザインが出来上がるか、というレシピも添えて設備をサプライヤーに貸与する。こうして安定して高い品質のモノ作りを行う態勢を整えている。あるサプライヤーの幹部によれば「アップルのモノ作りに対する知識は、生産の現場で働く工場の技術者よりも豊富だ」と言う。

 生産設備をアップルが握っているので、製造委託先の加工工場がほかのメーカー向けに同じ加工技術を提供することはない。デザインの流出を防ぐと言う意味でも、アップルが設備を持つ意義は大いにある。

 アップルが目指しているのは、新しいモノ作りのシステム。同社は決して、企画とデザイン、マーケティングだけの企業ではない。

アップルがEMS(製造委託先)に工作機械を貸し出して製品を製造させているとのこと。機械が特殊なのだろうが、その使用方法まで指示しているらしい。これは経済学でいうホールドアップ問題への対応策としておもしろいと思ったので今回はこの点について。


アップルのようなファブレスメーカーとホンハイ・フォックスコンのようなEMSの場合、ホールドアップ問題が起きうる。ホールドアップ問題とは関係特殊投資が過少になる問題。関係特殊投資というのはその関係でしか役に立たない投資をいう。
例えば、アップルが「1枚のアルミ板を削り出して形を作る『ユニボディー』構造」のiPhoneを製造委託するからといってホンハイが専用の工作機械を購入してしまうと、厄介なことになる。なぜならアップルはホンハイの足元を見ることができるようになるためだ。アップルからすれば、工作機械は自分の製品にしか使えないのだから、自分が製造委託を止めると言えば、相手は困るぞと考える。逆にホンハイはこのような状況に陥らないようにアップル専用の投資はしないようにする。よって全体としてみれば関係特殊な投資がなされ、iPhoneが作られて、売られれば経済にプラスになるのにそれが実現されないことが起こる。


このようなホールドアップ問題への対応策として、垂直統合がある。例えば、メーカーが下請けを買収する。この例でよく出てくるのがGMが車体メーカー(名前は忘れてしまったが)を買収したという話。下請けを買収してしまえば、関係特殊な投資も十分に行われるようになる。しかしファブレスのような水平分業は垂直統合の非効率を解消するために存在するようなものなので、垂直統合に戻ると当然問題がある。例えばサンクコストだろう。サンクコストの問題は既に行なってしまった投資を取り返そうとしてさらに深みにハマってしまうこと。例えば、プラズマテレビの工場を作ってしまったので、工場を稼働させればさせるほど赤字が増えるのに「まだ取り返せる」と考え工場閉鎖せずに赤字をふくらませること。


水平分業も垂直統合も一長一短なわけだが、アップルは工作機械を貸し出すことによって設備投資については自社でリスクを負う(垂直統合)が、それ以外の労働・土地についてはリスクを負わない(水平分業)という選択をして、この「水平か?垂直か?」という問題に対処しているように思える。この点が興味深い。