出川通『新事業とイノベーションにおける知財の活かし方』

2011年に出版された本を紹介するシリーズの52冊目。前回に続いて今回も知財経営学MOT(management of technology)という分野がある。技術経営と訳される。この分野は主にイノベーションをテーマにしていることが多く知財(主に特許)とも関連が深い。本書も技術経営+知財な一冊。

新事業とイノベーションにおける知財の活かした方

新事業とイノベーションにおける知財の活かした方

出川通『新事業とイノベーションにおける知財の活かし方』(2011)発明協会 ★★★

著者の出川氏は企業を定年退職した後、MOTを教えているコンサルタントのようだ。なので本書も学問的ではなく実践的。本書の範囲は(1)技術系(特許)かつ(2)新規事業立ち上げに限定されている。本書の主張は簡単に言ってしまえば<特許(技術)とマーケットを開発段階ごとに対応付けろ>ということ。例えば、発明の用途などを拡げてポートフォリオとして出願するべきだがマーケットにニーズがないようなものは出願するなとか、拡げて出願した特許は自社で実施しなくてもアライアンスに使えるとか。当たり前だよねっていう話。ただ当たり前だけど、当たり前だからこそ尤もだし重要なことだろう。このあたりが本書の評価が難しいところ。

重要なのは、「技術に価値があるのではなく、顧客ニーズに価値がある」ということを明確にして知財を位置付けることです。(p.161)

まったく賛成。当たり前だけど。


なお本書は技術とマーケットの対応付けを行うためのロードマップやらなんやらを紹介している。開発段階についてはジェフリー・ムーアキャズムに基づいている。またマーケットの規模予測はフェルミ推定に基づいている。


以下、内容のメモ。

●マーケットから技術(特許)を見る

出川氏は技術者であり、上のようなマーケットから知財を見る立場なので、特許について冷静な見方をしている。特許関係者にありがちな「特許で何でも解決!」という"特許脳"ではない。ここが出川氏のもっとも良いところだろう。

MOT知財の教育については、かつて大きな盛り上がりがありましたが、昨今はやや低調な印象があります。(p.145)

少し前までは、部門組織を維持するために、自己目的的な目標を掲げそれをクリアすることに重きを置く知財マネジメントがしばしば見受けられました。経営環境が厳しくなると経営者からは外からの収益確保、ライセンス収支の黒字化などがますます強く求められますが、当然ながら知財のマネジメントや人件費にかかる費用を賄うレベルの収益の達成は難しいのです。(p.144)

この問題意識は重要。

特許の支えのないイノベーションの成功例は幾らでもあり・・・(p.43)

出願される特許の8割は使われず事業上は無価値に近い(p.52)

活用されない知財はコストだけを発生する不良資産になります。(p.57)

[特許の価値評価について]結論を先にいうと、これというよい方法はありません(p.53)

ですよね。

通常は、「事業の失敗」=「知財でも失敗」のケースの方が多い(p.84)

よくある失敗例として、管理系出身者で経理関係にのみ強い人材が任命されて、顧客ニーズや研究開発の内容が十分に理解できないまま、権限を行使してタイムスケジュールと経費計画にばかり強弁を振るって浮き上がってしまうケースがあります。(p.149)

官僚制の逆機能の一種。事務局・総務がもっとも発言力を持つという。

[これからの]時代には顧客のニーズに応えることが最も大切であり、顧客価値に近い商標、意匠、著作権などの価値が相対的に大きくなってきました。(p.150)

●Q&A

各章末に付されたQ&Aがおもしろい。きっと出川氏の講義を受けた知財実務家の実際の質問なのだろう。リアリティがすばらしい。本書でもっとも印象に残った部分はこの質問部分。

Q 大企業では往々にして役に立たない特許を多数、自己目的的に、知財組織温存のために出願します。そして初期投資を無駄にしてよいのかという理屈でズルズルと無駄な経費を積み上げることも多いのが実情です。これらを防ぐのにMOT視点での知財マネジメントをどう行ったらよいのでしょうか。(p.63)

Q 経営陣から知財投資の回収が十分にできていないという声が聞こえます。(p.65)

Q 最近は新技術が無くてもマーケット主導によって従来技術の組み合わせとコンセプトでヒットする新製品が増加しています。(p.82)

Q あるイノベーションの初期には成功したが、結局は読みが外れ、市場のニーズがその後大きく変わったり、特許が有効に機能しない低価格市場が形成されたりして、思惑が大きく外れた場合についての質問です。(p.84)

これに対する出川氏の答えは「再度事業化を狙う、ダメならライセンスを狙う、ダメなら特許を放棄する」であり真っ当。

【参考文献】

ピーター・ドラッカー『イノベーターの条件』『プロフェッショナルの条件』
バーゲルマン=クリステンセン『技術とイノベーションの戦略的マネジメント』
クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ
ジェフリー・ムーア『キャズム
ヘンリー・チェスブロウ『オープンイノベーション
ヒュウゴ・チルキー『科学経営のための実践的MOT
細谷功地頭力を鍛える』
大石哲之『地頭力が強くなる!』
東大ケーススタディ研究会『地頭力を鍛えるフェルミ推定ノート』

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