アメリカ特許法改正案成立:事実命題と価値命題

読売新聞より。http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110916-OYT1T01267.htm

日本が悩まされた…米特許法、先願主義に転換
 【シカゴ=岡田章裕】オバマ米大統領は16日、約60年ぶりの大改正となる特許法の包括的な改正法案に署名し、同法が成立した。
 最初の発明に特許が与えられる「先発明主義」から、先に出願した人に特許を認める「先願主義」への転換を盛り込んでいる。
 国際的には先願主義が主流だが、米国は19世紀以来、先発明主義を続けてきた。2013年春に施行される。国際特許紛争は減るとみられ日本企業などは、世界的な特許出願戦略や事業展開の立案が容易になりそうだ
 先発明主義は、だれが先に発明したかを巡る訴訟も絶えず、審査手続きに時間がかかるという問題もあった。このため、世界的に事業展開するIT(情報技術)関連の大企業などが、米企業の競争力強化や、技術開発の促進のため、先願主義への移行を求めていた。
 これに対し、中小企業や個人発明家、大学は、先願主義になれば、多数の弁護士を抱える大企業が迅速に出願できるので不利になると反対していた。
(2011年9月17日02時13分 読売新聞)

現実

拒否権も行使されず、やっと法案が成立したようだ。
それはいいが、この記事のいい加減さに腹が立ったので指摘しておく。以前のエントリで次のように書いた。


法改正の日本企業への影響は単に発明の先後を争ってアメリカの特許弁護士に余計な弁護士報酬を払わなくて済むようになるということだ


この観点からは、本記事には次のような問題がある。
国際特許紛争は減るとみられ」は誤り。なぜ減るのか推論を示すべきだ。こうやって推論をすっ飛ばすのはバカだ(以前のエントリ参照)。このような短絡が鵜呑みにされている場面がネットでは目立つ。
日本企業などは、世界的な特許出願戦略や事業展開の立案が容易になりそうだ」も正しくない。出願戦略がどう変わるというのか。こちらは「なりそうだ」と推論がないことを自白しているが。
大企業が迅速に出願できるので不利になる」はアメリカの中小企業などの主張した内容とのことだが、これも正しくない。まず、事実として「大企業病」を知らないのだろうか?法的にもアメリカの特許法は仮出願制度など不利にならないような手当てを既にしている。


ついでに、マスコミ報道の短絡を鵜呑みにしない方法について(マスコミに限らないが)書いておきたい。
まず、報道を事実分析(推論による主張)に分ける。短絡は論理をすっ飛ばすことなので分析において起こる。そこで短絡を防ぐため、原則として日本のマスコミは事実しか報道できていないことを前提にすべきだろう。事実の誤りはバレれば問題になるし、さすがに少ないと思われる。一方、分析は誤っていることが多いように思う。バレても究極的には価値観の対立で済む。なぜ分析が誤るのか。やはり専門知識の欠如だろう。なぜ専門知識に欠けるのか。それはよく分からないが、記者クラブ制などでマスコミ自体が情報を鵜呑みにする状況があるのはその一因だだろう。マスコミが専門家の分析を引用している場合、誤りはより少ないが、引用の方法に恣意性があることはよく知られている。
このように事実分析を分け、事実はマスコミから、分析は直接専門家からというのが望ましい。直接専門家の分析にアクセスする方法として、従来は著書などが中心だったが、最近はネットがある。それを利用しない手はないだろう*1
もちろんマスコミであれ、専門家であれ、分析については推論のステップ(AならばB。BならばC。Cならば…)を個々に検討することが前提だ。それによって短絡しているか分かる。
以上のような考え方は、科学哲学や論理学において事実命題と価値命題の区別といった形で議論される。厳密な科学哲学や論理学の見地からは事実命題と価値命題は区別できないようだが*2、常識的には区別できる範囲ですれば十分だろう。ネット上では両者が混同されている場面をよく見かける。
マスコミ報道とネットでの分析の関係については佐々木俊尚『マスコミは、もはや政治を語れない』(2010)がマスコミ報道を批判している。

【関連エントリ】
米国特許法「先願主義」へ:なぜ今まで先発明主義だったのか?

*1:もちろん本ブログの分析も読売新聞の分析よりはマシというだけで多くの誤りを含んでいるだろう。割り引いて読んでいただきたい。わざわざ言うまでもないか。

*2:事実命題と価値命題が区別できないということが分かる好例が南京虐殺問題だろう。事実の問題が価値の問題と切り離せないので、議論が永遠に終らないように見える。