ロジャー・ミラー、ダニエル・ベンジャミン、ダグラス・ノース著、赤羽隆夫訳『経済学で現代社会を読む[改訂新版]』

以前のエントリで参照した<「広く弱い利害」をもつ集団から「狭く強い利害」をもつ集団に利益が移転される>という命題について述べた次の著書の読書メモを載せておく。

ロジャー・ミラー、ダニエル・ベンジャミン、ダグラス・ノース著、赤羽隆夫訳『経済学で現代社会を読む[改訂新版]』(2009)日本経済新聞社 ★★★★

『制度・制度変化・経済成果』以来のダグラス・ノース。アマルティア・セン『グローバリゼーションと人間の安全保障』に続いてノーベル経済学賞つながりで思い出したので読んでみた。訳者の赤羽氏は元経済企画庁の官僚。原題は『Economics of Public Issues』。本書はこれの第16版の訳。「教科書でもないのに、かなり版を重ねてるな」と思うと初版が1972年だそうだ。その邦訳が『社会問題の経済学』(1975)という題名で出版されている。ウォルター・ブロック『不道徳な経済学』の初版が1976年なのでそれより早い。その後、第9版の邦訳が『経済学で現代社会を読む』(1995)として出版されている。本書はその第16版の邦訳。


扱われている内容はゲーリー・ベッカー『ベッカー教授の経済学ではこう考える』にかなり近い。ベッカーの研究は本書でも参照されている。本書の方が本家だろうが。例えば、麻薬・売春・臓器売買など違法とされる取引、家賃規制・最低賃金など価格統制、漁獲制限・ゴミ処理・排出権取引など環境問題とか関税など貿易問題とか。結論も大体同じ。

●練習問題

本書の優れた点は章ごとに練習問題が付されている点。その章を読めば大体の問題は分かるように作られており難易度がちょうどよい。例えば、次のような良問。
自動車会社は頻繁に自社製品の安全性を宣伝するのに、航空会社は滅多に安全性を宣伝しないのはなぜか。
問題の中にはたまに答えのないような問題も。

●「広く弱い利害」から「狭く強い利害」への利益移転

本書でもっとも重要な指摘は、<政治的決定によって「広く弱い利害」をもつ集団(国民全般)から「狭く強い利害」をもつ集団に利益が移転されている>という指摘だろう。政治学者の本では見かけた気がするが、ちゃんとした経済学者の本では見た記憶がない。例えば『ベッカー教授の経済学ではこう考える』にはなかった。
なぜこんなことが起こるかというと、国民全般は利害が弱いので代議士を監視するモニタリングコストの方が大きいため。
この指摘でいくつもの政策が説明できる。例えば、なぜ経済的にも環境的にも効率的でないエタノールが推進されるのかとか、なぜ特定の分野(例えば鉄鋼や自動車)の関税が高いのかとか。例えば保護主義は保護される産業分野の経営者・労働者に利益もたらす。この利益は輸出産業の経営者・労働者に広く薄くもたらされた不利益が転化したもの。短期的には輸出をしなくても輸入できる(ストックで支払う)が長期的には輸出しなければ輸入できない。例えば、アメリカが日本の自動車を輸入制限すると、日本はアメリカから輸入できなくなるので、アメリカの輸出産業が不利益を被るということだろう。


以上のような重要な指摘もあり、個々の分野での内容もいいと思う。よって本書は読む価値あり。『ベッカー教授の経済学ではこう考える』よりよい。

【第5章 売春・麻薬】
なぜ警察は売春・麻薬密売の「売り手」を標的にするのか?

→効率がよいから。著作権法違反で著作物をネットにアップロードする人が逮捕される理由も効率性だろう。

なぜ違法な取引には暴力が付きまとうのか?

→法的な執行ができないから。自力救済するしかないため。合法化すれば自力救済禁止が図れる。暴力団の本質も(法的には)自力救済といえる。

例えば、ネバダ州は売春が合法化されており売春婦は全員登録が義務付けられている。同時に毎週の性病検査と毎月のエイズ検査も。エイズ検査で陽性となった売春婦はいない。一方、ニューヨーク、ワシントンDC、ニューアークの売春婦は50%以上がエイズに感染しているという調査結果がある。

【第6章 臓器売買】
臓器売買の反対派の論拠は何か?

→悪徳ブローカーが提供者を騙したり殺したりして臓器を入手しようとするから。つまり非自発的取引が出てくるから。
これに対して著者らは臓器は被移植者との適合性が厳密に判断されるため、悪徳ブローカーが適合する臓器を入手するのは容易ではないので問題ないと反論する。これはいい反論。売春・麻薬とは違うと。

【第16章 カルテル

世界的に有名なカルテルOPECとダイヤモンド。
OPECの石油カルテル破綻のきっかけはイラン・イラク戦争(1980)。戦費を必要とした両国がカルテルを破った。
デビアスはダイヤモンド商事会社と呼ばれるカルテルにより高価格を維持してきた。しかしロシアがカルテルを破り、カナダ・オーストラリアで鉱山が発見されると、ダイヤモンドの価格はここ30年で半額以下になった。

【第26章 ゴミ処理】
どうやってゴミ問題に対処すればよいか?

→ゴミにマイナスの価格をつける。つまりゴミを捨てるのに従量制の料金を課すということ。外部性の内部化だ。

【第27章 種の絶滅】
どうやって種の保存を行えばよいか?

→所有権の確立。種の絶滅は共有地問題だから。
例えば、国際捕鯨委員会(IWC)はクジラの所有権を確立するための組織。経済学者らしい見方。クジラなど共有地の資源は捕らえないと(殺さないと)所有権を得られない。だから早め早めに必要以上に殺してしまう。


【その他】
政府は消費者保護を理由に供給者を制限することがある。これはカルテルを認め供給を減らし価格を引き上げるだけ。消費者の利益に反する。医師などがこの例だろう。医師はまだしも弁護士は免許制でなくてもいい気はする。
著者らは美容師の規制の例を挙げている。確かに理容師・美容師の免許も不要だろう。

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