佐々木俊尚『ネットvs.リアルの衝突』

昨日のエントリウィニー金子勇氏の無罪確定という記事を取り上げた。今回はそれに関連してウィニー事件の経緯を描いた佐々木俊尚氏の本の読書メモを載せておこうと思う。タイトルから内容が見えないが本書の大部分はウィニー事件を扱っている。具体的な事実を知るための本。

佐々木俊尚『ネットvs.リアルの衝突』(2006)文藝春秋 ★★★★

いつもの佐々木俊尚氏。本書は<ハッカーリバタリアニズムが国家と対峙して押さえ込まれてきた>という話。その例としてOSS(第8章)、ICANN(第9章)、TRON(第7章)の話もあるが中心はWinny(第1〜6章)。本書はWinny事件をきっかけに書かれたというのでほとんどWinny事件の本だといえる。副題にWeb2.0とあるが最後の第11章に次のリバタリアニズムの表れとしてブログ論壇などを取り上げているに過ぎない。

このほかに<日本がコンピュータの標準化で敗れOSS(TRON含む)や情報家電で取り返そうとしたが失敗した。次は情報大航海プロジェクトだ>という話も含まれている。

Winny事件の傍聴記録や京都府警へのインタビューなど事実を知ることができよかった。前半と後半をリバタリアニズム対国家として結び付けようとしている努力は買うがあまり成功していないのではないか。自分は冒頭(p.10)に法哲学者の井上達夫氏の編集による岩波講座『自由・権力・ユートピア』が出てきた時点で意図が分かったが。

【金子氏の事情聴取・逮捕】

●事情聴取
京都府警がWinnyユーザを逮捕した日(2003年11月27日)に金子勇氏(当時36歳)の事情聴取をする場面からはじまる。文京区内の金子氏の自宅でのやりとりが詳細で興味深い。傍聴した裁判の内容をもとに書いているのだろう。

●なぜ京都府警か
ハイテク犯罪対策室は各県警に設置されている。ネット関係の犯罪は県内の事件に限らず捜査に着手できる。警察庁からの京都府警にとくに指示があったわけではない。結局、たまたまネットに詳しい捜査官がいたのでWinMX事件(2001年)などを解決できた。すると「『P2Pなら京都で』という意識が強く、他の県警に先を越されたくなかった」(p.43)という意識が生まれ全国の事件に手を出していったということのようだ。

その京都府警の捜査官も「ファイル共有という精神を広めるのはいいことだと思った」と証言している。またこの事情聴取の段階では開発者を被疑者にしようという考えはなかったという。

●なぜ逮捕に転じたか
事情聴取の際に、金子氏にWinnyの配布を停止させたが、金子氏は「最初から警察が来たら止めるつもりだった」と言い、また自分のWinnyはアップロードできない仕様にしてあった。このあたりは警察・検察・裁判所から嫌われそうな態度だ。新聞も「摘発逃れ」という記事を書いている。そして佐々木氏が逮捕につながったと考える理由は金子氏がWinny開発の動機を「著作権侵害を蔓延させ著作権制度を変える」と語ったためだ。同じことを2chでも語っている。この発想は当然ハッカーリバタリアニズムの延長線上にある。

Gnutella
最初(に広まった)のピュアP2PGnutellaはAOLに買収されれていたヌルソフト(Winampの開発元)が開発した。これは知らなかった。
Gnutella亜種のFasttrackからプロトコルのライセンスを受けたピュアP2Pが広まった(Kazaa、Grokster、Morpheus)。

Grokster、Morpheusの開発者が著作権侵害(民事)で訴えられたが責任を問われなかった。アメリカでは開発者は誰一人有罪になっていない。

キンタマウィルス
ちゃんと「キンタマウィルス」と書いてあるところが好感が持てる。金子氏逮捕の直前2004年3月23日に確認された。その数日後には京都府警の巡査の私用PCから捜査情報が流出した。佐々木氏はこの事件も逮捕の遠因ではないかとしている。

ハッカーリバタリアニズムの歴史】

●ホール・アース・カタログ
次にハッカーリバタリアニズムの歴史の紹介。「ホール・アース・カタログ」(1968)から始まり、スティーブ・ジョブズスタンフォード卒業式講演。ちなみに「ホール・アース・カタログ」が全文公開されている。
http://www.wholeearth.com/

サイバースペース独立宣言
次にサイバースペース独立宣言(1996)。これは知らなかった。この文書は、情報産業に取り込まれている現在の政府から独立を宣言するというもの。その中に<サイバースペースは自然と成長する>(自生的秩序のことだ)とか<われわれは自分たちで社会契約を結びつつある>とかおもしろい表現が出てくる。ちなみに著者ジョン・ペリー・バーロウはグレイトフルデッドの作詞家。佐々木氏はずっとジョン・ベリー・バーロウと間違えている。自分で宣言を訳したというが英語を見ていたら普通はPerryとBerryを見間違えない。

また<われわれは物理的には存在しない><政府の法は及ばない>と独立の根拠を挙げているが、リアルなくしてネットは成り立たないので、最後はリアルな暴力を独占している国家に勝てないというのが今までの歴史が示すところだろう。Winny事件も。ネットにできるのはリアルと「いたちごっこ」をすることにとどまっていて独立できていない。

【金子氏の被告人尋問・陳述】

Winny開発の動機
技術の発展が自己表現であり自己実現であるため。これは技術(広くはイノベーション)部分最適ぶりをよく表している。全体最適を担う法と対立しているわけだ。

●故意
金子氏はリバタリアニズムを語ったため逮捕・起訴されたが、裁判では「Winny著作権侵害の目的で使われるとは知らなかった」と主張した。故意を否認するのは当然だが、このあたりが身勝手ながら支持する気にならないところだ。佐々木氏もこの主張に「なぜ殉教者になる道を選ばないんだ」と身勝手に思ったという。それに2chのログなどがあるんだから今さらそんなこと言っても無駄なんじゃないか。主犯の少年も「金子氏の責任逃れだと思った」と証言している。また「Winnyは違法な目的で作られていると思った」とも。

【その他】

村井純
村井氏も証言している。Winnyは電話と同じでそれをユーザがどのように使うかは分からないと証言している。佐々木氏は村井氏もネットの理想論(リバタリアニズム)を信じていると評している。

Winny事件以外】

TRON
スーパー301条の対象の一つに挙げられたが(1989年4月)、結局対象から外された。しかし日本のコンピュータ業界は自主規制しTRONから手を引いた。佐々木氏はその理由をIBM産業スパイ事件(1982年)の後遺症の影響としている。この事件以来日本のコンピュータ業界にはアメリカには逆らえないという雰囲気が生まれたという。このIBM産業スパイ事件→TRONの失敗というつながりはおもしろかった。

OSS情報家電情報大航海プロジェクト
こうしてアメリカに牛耳られたコンピュータ産業で巻き返すための日本の政策が(1)OSS(2)情報家電だった。しかし両方失敗した。(1)OSSは中国と歩調をあわせようとしたが中国は独自路線をとったため。(2)情報家電白物家電と同じ方法ではうまくいかないため。情報家電はモジュール化していたので他のアジア企業との価格競争に勝てなかった。そしてipodの話。次に情報大航海プロジェクトの話。