小島寛之『景気を読みとく数学入門』

2011年出版の本の読書メモをシリーズで載せている。その4冊目。前回の『マンガ ケインズ』に続いて小島寛之氏。

景気を読みとく数学入門 (角川ソフィア文庫)

景気を読みとく数学入門 (角川ソフィア文庫)

小島寛之『景気を読みとく数学入門』(2011)角川書店 ★★★

久しぶりの小島寛之氏。橋本治『いちばんさいしょの算数』(2008)、新井紀子『ハッピーになれる算数』(2005)と読み自分の中で数学と言えば小島寛之氏なので新刊をチェックし本書を見つけた。しかし、本書はタイトルに「数学入門」とあるわりに内容は経済学。しかもタイトルに「景気」とあるわりにマクロ経済学に限らず経済学全般。つまり数学を使って"分かりやすく"説明する経済学入門といった内容。欠点は"分かりやすく"するために、変数を言葉で表現しており、それを縦書きの文章に埋め込んでいること。却って分かりづらい。例えば、次のような"式"が縦書きでどんどん出てくる。

(今期にN*からあと1個工場を増設して得られる来期の追加的利潤)÷(今期にN*からあと1個工場を増設するために必要な総費用を仮にそうしないで金融市場で運用した時に来期に得られるであろう価値)(p.80)

これは、分かりやすいようにすべて平仮名で書いたら、却って分かりづらいというのに似ている。

本書は『世界を読みとく数学入門』(2008)『無限を読みとく数学入門』(2009)に続くシリーズ3冊目とのこと。同時期に執筆した『数学的思考の技術』(2011)と姉妹本。本書は数式による解説、『数学的思考の技術』は文書による解説。

本書の大まかな構成は情報の経済学(第1章)、ミクロ経済学(第2章)、ファイナンス(第3章)、マクロ経済学(第4、5章)。厳密に景気に関するのは4、5章のみ。


以下内容のメモ。

【第1章 情報の経済学】

次の用語が解説される。情報の非対称性、逆淘汰、合成の誤謬、セカンド・プライス・オークション、戦略的補完性

●情報の非対称性

いつものようにデイヴィッド・クレプスによるレモン市場の説明を噛み砕いて解説している。いつもどおり分かりやすい。

戦略的補完性

これはゲーム理論の最適反応戦略と考えれば理解しやすい。wikipediaによると<複数均衡が存在する状況下において、各経済主体から見た場合、現状維持を選択することが自己の利益が最大化している状態>。小島氏は戦略的補完性から銀行の取り付け騒ぎネットワーク効果を説明している。
情報の不確実性があると戦略的補完性が消えることがある。例えば、銀行の経営が悪くなっても他者の情報の不確実性にひきずられ「まだ大丈夫」と思ってしまう。しかし、あるところまで来ると突然ジャンプし他の均衡に移動する。相転移とのアナロジーで理解すると納得。まさに日本国債・日本円なんじゃないの。

【第2章 ミクロ】
●擬似価格機構

例えばコンサート・チケットに超過需要が発生している場合、経済学では一般に価格により調整されることが想定されている。しかし価格以外にも、例えば「チケット予約のために何度も電話をかける」「窓口に長時間並ぶ時間・体力」といった擬似価格機構で調整することもある。

●効率的賃金仮説

カール・シャピロとジョセフ・スティグリッツによる。情報の非対称性がある場合、賃金は完全雇用時より高くなる。なぜなら、それにより失業が生まれるので、「失業するぞ」という脅しになり、労働者を熱心に働かせるため。

【第3章 ファイナンス

次の用語が解説される。保険、先物デリバティブ、マーコウィッツのポートフォリオ理論、デルタヘッジ。

ハリー・マーコウィッツの博士論文を審査した一人がミルトン・フリードマンで「これは一体全体経済学の論文なのか」と言ったという話。今野浩金融工学の挑戦』(2000)で読んだ話だ。本書は参考文献に挙げられている。

●二基金分離定理、トービンの分離定理

基金分離定理とは平均値と標準偏差しか考慮しない場合、どんなポートフォリオであっても二つの証券だけで合成できるという定理。トービンの分離定理とはそれら二つの証券が無リスク資産と効率的フロンティアと接する証券であるとする定理。効率性フロンティアとは二基金分離定理で実現できるポートフォリオのうち効率の悪い部分を除いたもの。

ブラック・ショールズ方程式が市場参加者に共有されたため、オプションの価格の目安が市場参加者に共有された。これによりオプション取引が成立するようになったのではないか。

【第4、5章 マクロ】

次の用語が解説される。投資と投機、ファンダメンタルズ価格とバブル価格、ベイズ確率、バブル。

●投資と投機

投資はプラスサムゲーム。投機はゼロサムゲーム。p.155参照。

●ファンダメンタルズ価格とバブル価格

p=(d+q)/(1+r)
株価p、今期末の配当d、来期の株価q、利子率r
ファンダメンタルズ価格とはp=qとなる価格。つまりp=d/r。このファンダメンタルズ価格は配当と同じ金額の利子を生む預金の額と同じ。ファンダメンタルズ価格からずれた価格で株式売買が成立するにはそのズレが毎期毎期一定割合で増えていくことが条件(来期に今期より高い値段で売れると思っているから今期ファンダメンタルズ価格より高く買う、来期今期より高く買う人は来々期に今期より高い値段で売れると思っているから・・・)。これがバブル価格。

●バブルはなぜ起きるか

お得意のベイズ推定を使った説明と相転移に例える話と松島斉氏(東京大)の戦略的バブルという説明の紹介。

●不況はなぜ起きるか

お得意のケインズ理論ポール・クルーグマンインフレ目標政策とこれもお得意の小野善康氏(大阪大)の理論の紹介。ケインズについては『サイバー経済学』(2001)とほぼ同じ説明だった。この説明が小島氏の本の中では最も分かりやすい。さらに本書はアニマルスピリットや流動性の罠の説明まで流れが良いので今までで最もよい解説かも。

ケインズ理論にはミクロ的基礎付けが欠けている。ミクロ的基礎付けとは個々の経済主体が合理的で最適な行動を選択しているという前提。

【参考文献】

今野浩金融工学の挑戦』
ポール・クルーグマンクルーグマン教授の日本経済入門』

【関連エントリ】

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