小島寛之『数学的思考の技術』
2011年の本5冊目。『マンガ ケインズ』と『景気を読みとく数学入門』に続いて小島寛之氏。
- 作者: 小島寛之
- 出版社/メーカー: ベストセラーズ
- 発売日: 2011/02/08
- メディア: 新書
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小島寛之『数学的思考の技術』(2011)ベストセラーズ ★★★
本書は要は小島氏のいつものエッセイ。『景気を読みとく数学入門』と同様「数学」とタイトルにあるが、ほとんど経済学。ただし文学も若干。小島氏自身が「いろいろなところに書き散らした文章をまとめたもの」と紹介している。よって雑多なテーマの文章の寄せ集め。文学はいつもの村上春樹氏について。なぜか知らないが『数学で考える』(2007)に収められていた村上氏の小説を幾何学で分析するという文章が再録されている。他に『数学幻視行』(1994)という本からも再録されているようだ。こちらは未読。
全体として雑多な感じが『数学で考える』に近い。扱っている内容も金融とか年金とか環境問題とかほぼ同じ。以前は小島氏は(同じテーマであっても)同じ話を複数の本で書かないように注意していた印象をもっていたが、近頃は諦めたようだ。ダフィット・ヒルベルトの無限ホテルと年金の話(第5章)は『数学で考える』と同じだ。もしかするとこれも再録か。
ということであまり誉めるところのない本。『景気を読みとく数学入門』において小島氏は『景気を読みとく〜』と本書は姉妹本。『景気を読みとく〜』は数式による説明で本書は文章による説明という位置づけていた。そして『景気を読みとく〜』を読んだ印象は「変数を使わず文字を数式に埋め込んでるので却って読みにくい」というものだったが、本書を読んだ印象も「簡単に書こうとしすぎて却って読みにくい」というもの。どちらも似たような失敗をしているのではないか。そもそも小島氏の本のよさは「結構レベルの高い内容をあまり読者に媚びずに分かりやすく書く」というものだったと思う。上の2011年の2冊は読者に媚びすぎではないか。
●動学的(時間)非整合性
対応策としてコミットメント。より一般的にはゲームのルールを変える。ルールの例としてインフレ目標政策。気になるのは動学的非整合性と時間非整合性を別のものとして説明している点。しかも説明が曖昧で何が違うのかはっきりしないこと。どっちもtime inconsistencyの訳語じゃないのか。
双曲型割引(時間によって変動する割引率)を例に時間非整合性が生じる場合を説明している。
●メカニズムデザイン
自分は<情報の非対称性が存在する状況で個人のインセンティブを明らかにさせる制度を設計すること>と理解しているが、本書の説明は簡単にしようとしすぎて逆に分かりづらい。本書によると「私的情報を戦略的に利用してずるく立ち回ることをしないような適切な契約をつくる」(p.41)ことだそうだ。
●ネットワーク外部性
この説明もイマイチ。ある商品の利便性がその商品をどれだけ多くのユーザが使っているかによって決まることだと説明しているが。
●ケインズ、ヴェブレン、宇沢弘文
労働力を「不要なモノやサービス」の生産に使っても意味はない。ケインズのいう「穴を掘ってまた埋める」ような事業に労働力を投じても何の価値も生み出さない。これはケインズの致命的な誤解だ。(p.134)
自分の素人的な感覚もこれと同じだが。
ケインズはソースティン・ヴェブレンの制度派経済学に影響を受けている。日本では宇沢弘文氏が制度派の代表。新古典派から転向した。知らなかった。ただ、ここでも制度学派の説明はイマイチ。企業・法制度・社会制度など制度から経済を見る学派ということでいいんじゃないだろうか。このあとの宇沢氏と環境問題という話につなげるため、制度といいつつ自然環境を前面に押し出していて恣意的な感じがする。宇沢氏も現役時は新古典派で海外で活躍しノーベル賞を期待されるが、その後一線を退いてから、教育やら環境やら色々なことについて書き出すという点で胡散臭さを感じるが大丈夫なのだろうか。
ケインズも宇沢も経済学で科学的に説明できない分野に挑戦した。小島氏はそれを数学という明かりが届かない闇に物語の力を使って向かっていったと表現する。うーん、そりゃそうなんだけどさ。それだけ指摘されてもね。
●自己充足性
『数学幻視行』から再録された文章は言語や貨幣や数は自己充足的だという話。数については参考になった。言語についてはウィトゲンシュタインの言語ゲームが嚆矢だが、貨幣についてはゲオルグ・ジンメル『貨幣の哲学』が嚆矢だそうだ。ほお。
他に本書で扱っているテーマの例を挙げると、保険と大数の法則、環境問題(ピグー税、コモンズの悲劇)、ケインズと小野善康氏、限定合理性。なお、環境問題については『エコロジストのための経済学』(2006)の方がいい。
【参照文献】
宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』
ジョン・スチュアート・ミル『経済学原理』
ゲオルグ・ジンメル『貨幣の哲学』
アカロフ=シラー『アニマルスピリット』
村上春樹『若い読者のための短編小説案内』
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