佐々木俊尚『キュレーションの時代』

2011年に出版された本を紹介する25冊目。今回は24冊目まで取り上げていたホリエモンを私が読むキッカケ(『ライブドア資本論』(2005))になった佐々木俊尚氏を。
ではその佐々木氏を読むキッカケは何だったかと言うと、CNETか何かに連載していた記事を読んで名前を知っていたからだろうか。よく思い出せない。当時梅田望夫氏と佐々木氏の二人で自分の中では「ネットニュース担当」という位置づけだった。
本書もネットの最新動向を紹介するものだが「最新」に疑問符がつく本。

佐々木俊尚『キュレーションの時代』(2011)筑摩書房 ★★★

久しぶりの佐々木俊尚氏。新刊が出たので読んでみた。言っていることは正しいだろうが、もうみんな分かりきっていることじゃないだろうか。冗長な印象を受ける。やたらとたくさんの例を引いている。例自体は悪くないが、例ばかりで推論がおそろかになっている気がする。これが佐々木氏の本を読んでいつも感じる底の浅さにつながっているのではないだろうか。まあ、この短所はネットの動向を広く紹介するという佐々木氏の長所の裏返しなので仕方ないとは思うが。


本書もネットの動向の紹介。今回紹介されるのは次のような現状。


キュレーターと呼ばれる人が情報にキュレーター自身の価値観を反映させた文脈(視点、意味)を与える。それを共有するフォロワーがいてソーシャルメディア上で生態系を作っている。


これだけのことなのに、佐々木氏はやたらと芸術関係の例を引いて書いている。例の選択はいいのだが、記述は底の浅い感じを受けてしまった。
例としてはアウトサイダーアートとか。個人的にはエグベルト・ジスモンチとかタルヴィン・シンタブラ・ビート・サイエンスなどが出てきて懐かしかった。佐々木氏はジスモンチの来日公演は或るキュレーターの存在によって広まったと紹介。自分も行こうと思っていたら、あっという間(本書によれば即日完売だったそうだ)にチケットが完売して行けず、「こんなに人気なの!?」と驚いた記憶がある。あとニコラ・コンテの名前も出てくる。

●佐々木氏の浅さ

例として、アルベール・カミュ『異邦人』(1942)を以下のように要約してしまうこと。

平凡な人間であっても社会や他人との小さなきしみが生じてしまうと、いつでもすぐにアウトサイダーになってしまう。そういう[・・・]可能性があるということを描いています。(p.244)

ブログにありがちな感想だ。アラブ人を撃ち殺すのが社会や他人との小さな軋みの結果だって?自分はそんな小さな問題ではなくドイツ哲学がずっと扱ってきた近代の問題だと考える。『異邦人』については以前取り上げた読書メモ参照。


他の例は「民主主義は普遍的か」という問題についてこのように書いてしまうこと。

民主主義という政治体制。友愛、平等といった理念。こういう普遍主義は、しょせんはヨーロッパの普遍に過ぎません。イスラムの普遍やアジアの普遍が、ヨーロッパの普遍と同じであるとはかぎらない。(p.269)

こちらもネット上のコメントにありがち。フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』(1992)を読んでいたら、こんな浅いことは書かないのではないか。「アラブの春」を見てどう思うんだろうか。近代=リベラルデモクラシー以外に何があるの?ちなみに『歴史の終わり』はリベラルデモクラシー礼賛ではなく、むしろヘーゲルを参照してニーチェのように民主主義を批判している。

●他の著者の引用

本書はやたら人の著書から引用している。それも冗長さの一因だが、引用された本がいいことを言っている。

岡本太郎『新版 今日の芸術』からの引用。

子どもの絵は、たしかにのびのびしているし、いきいきした自由感があります。[・・・]しかし、よく考えてみてください。その魅力は、われわれの全生活、全存在をゆさぶり動かさない。−なぜだろうか。子どもの自由は、このように戦いをへて、苦しみ、傷つき、その結果、獲得した自由ではないからです。[・・・]ほほえましく、楽しくても、無内容です(p.235)

やはり岡本太郎氏は素晴らしい。


村上隆『芸術企業論』からの引用。

欧米では芸術にいわゆる日本的な、曖昧な『色がきれい・・・』的な感動は求められていません。知的な『しかけ』や『ゲーム』を楽しむというのが、芸術に対する基本的な姿勢なのです。欧米で芸術作品を作成する上での不文律は『作品を通して世界芸術史での文脈を作ること』です。(p.238)

個人的には好ましい事実ではないが、これはこれで事実として全く正しいように思う。美学者の佐々木健一氏(東大名誉教授)も同様のことを書いていた。


【関連エントリ】

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