夏野剛『i Phone vs. アンドロイド』

2011年に出版された本を紹介する26冊目。佐々木俊尚氏に続いてネットでの有名人夏野剛氏の著書を。初めて読んだ夏野氏の著書は『iモード・ストラテジー』だったと思うが読んだキッカケは思い出せない。今は批判するために読んでいるような状態。

夏野剛『i Phone vs. アンドロイド』(2011)アスキー ★★

新刊が出たので読んでみた。本書はスマートフォンについて書いたもの。ただ、表面的な違いはあっても内容はこれまでの本と同じ。以前、夏野氏の本は『iモード・ストラテジー』がちょっといいだけで残りは一様につまらない、と書いたがこの印象は変わらず。

本書の主な主張は次のもの。


スマートフォンの登場は携帯業界がテレコム業界からネット業界に近づいていることの現われ。この傾向はi-modeの頃から変わっていない。テレコムは漸次的な革新、ネットは破壊的な革新。日本の"民主主義"経営では漸次的な革新はできても、破壊的な革新はできない。アップルはジョブズの"独裁"経営により革命的な革新を行っている。株式会社は民主主義である必要はない、独裁でよい。


これ自体は賛成できる。日本での合議による経営を批判するのは大事だとも思う。そう思うんだが、こんな常識的なことをわざわざ本にする必要はないだろう。しかも何冊も。

例えば、『ア・ラ・iモード』で<ネットビジネスのルールがiモード成功の要因、テレコム的発想が失敗の元だ>と書いていた。『夏野流脱ガラパゴスの思考法』では<ネットビジネス・情報技術を理解できないリーダーが悪い。そういうリーダーを交代させればよい>と書いていた。

●日本企業は「土管」

日本企業(キャリア・メーカー)は何も付加価値を付けずにサービス・端末を売っている。スマートフォンの付加価値はアップル・グーグルにある。よって日本企業はユーザをアップル・グーグルに引き合わせるだけの役割しかしていない。夏野氏は「土管」と呼ぶ。これは前の著書にはなかったいい指摘だろう。ありふれてはいるが。
「土管」を抜け出すにはアップルに対抗して垂直統合するか、キャリア・コンテンツプロバイダーと組んで水平分業のビジネスモデル(「しかけ」と呼ぶ)を作るかしかない。

●「日本はダメだ」論

夏野氏は『グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業』で<日本人は「日本はダメだ」論が好きな人が多いようだがそこに甘んじてはいけない>と書いていたが、本書も同様の記載。しかし本書もまさにその「日本はダメだ」論になっている。

●水平分業批判

『ア・ラ・iモード』で<水平分業は発展が止まった業界に有効なのであって携帯業界には適さない>と書いていた。そして今までアップルを垂直統合として持ち上げてきた。しかし水平と垂直は組み合わせるのがよいというのが一般的だろう。夏野氏もやっと本書で<アップルもグーグルもどこをオープンにどこをクローズにするかの戦略がはっきりしている。日本企業にはできない>とし追いついたようだ。

●なぜi-modeの海外展開は失敗したか?

リスクを取って海外に投資しなかったから。
本書でも相変わらずi-modeの回顧をやっている。『1兆円を稼いだ男の仕事術』などいつも"栄光の日々"を回顧している。

マーケティング

マーケティングの調査結果は理念・哲学があればいくらでも作り出せる。
これはいい指摘。結局世界をどう見るかという問題だから。実在論対観念論みたいなものだ。

【解説】

まつもとあつしという人が書いている。夏野氏の分析が優れている理由として(1)ハイパーネットでの経験、(2)複雑系経済学の知識を挙げている。
(1)はいいとして、(2)は優れている理由というより優れていることを疑わせる理由だ*1。夏野氏は複雑系を何も分かっていないだろう。まつもと氏が(2)の根拠に挙げる『iモード・ストラテジー』で次のような間違いをやらかしているからだ。夏野氏はポジティブ・フィードバックを複雑系の用語だとした上で「好循環」と訳している。ネガティブ・フィードバックを「悪循環」としている。こんな基本的な間違いをよくやらかせるな、と思う。ブライアン・アーサー(複雑系経済学創始者)が聞いたら呆れるぞ。

【関連エントリ】

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夏野流 脱ガラパゴスの思考法

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1兆円を稼いだ男の仕事術

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*1:「(2)はバカげている。」から修正。