小松正之『海は誰のものか』

2011年に出版された本を紹介する30冊目。昨日松岡正剛『日本のもと 海』を紹介したつながりで、今日は以前からこのブログで参照している元水産官僚の小松正之氏を。自分の漁業関係の知識はすべてこの人に由来する。といっても去年読み始めたばかり。読み始めたキッカケは八田達夫=高田眞『日本の農林水産業(読書メモ)(2010)という良書があり、そこで水産業については小松氏から情報提供を受けたと書いてあったため。
小松氏の著書はどれも一定のレベルは保っていると思う。が、『日本の農林水産業』のように専門的にまっとうに書かれた本がなく、そこが欠点。

「海は誰のものか 東日本大震災と水産業の新生プラン」

「海は誰のものか 東日本大震災と水産業の新生プラン」

小松正之『海は誰のものか』(2011)マガジンランド ★★★


いつもの小松正之氏。本書は東日本大震災後の出版。タイトルはいつもの漁業権の話で、小松氏の答えは<漁協(漁業関係者)だけのものではなく、日本国民全員のもの>。この答えは大したことではないが、この漁業関係者の「海は俺たちのもの」という意識が「どんなに資源が悪化し、枯渇しても俺たちの勝手だ」という認識につながり、現在の乱獲の原因になっていると指摘している。この点は重要だろう。実証のしようはないが。


じゃあ、本書の主題である漁業権について詳しく書いてあるかというとそうでもない。結局はいつもの話が総花的に書いてある。ただ震災後の水産業復興の話は新しい。どちらかというとこちらをメインにすればいいのにという感じ。まあ、それなりに新しい話も入っているので悪くないだろう。


ただ、次の点は批判したい。震災前年の出版である『日本の食卓から魚が消える日』(読書メモ)(2010)で以下のように書いていたが、それについては何も触れていないことだ。

岩手県大船渡湾口の防波堤は必要か?」(p.44)と問い、「今や警報のシステムが発達している。大きな死亡被害者は出ないだろう。」(p.45)と答えている。

本書で、津波の被害を受けた地域の住民は「ここから下に家を建てるな」という先人の警告を無視して同じ過ちを繰り返したなどと書いているが、「あんたが言える立場か?」と思った。


以下、内容のメモ。

●漁協の経営

2000ある漁協のうち7割は本業で赤字。政府からの補助金や金融資産の運用益などで黒字を維持している。

●兼業漁師

組合員の資格付与は恣意的に運用されており、年に一定期間以上漁を行うという資格要件を満たさない者も組合員の地位を維持している。彼らはアワビやウニなど利益の上がる漁の時期だけ地元に戻って漁をするが、それ以外はサラリーマン。
農業とそっくりだな。兼業漁師。

●漁師による直接販売

漁協による買取・販売は義務でも強制でもないが、漁協は組合員が自分で流通させるのを嫌う(組合員から受け取る手数料が減る)ので、妨害しようとすることがある。
金融事業がないだけマシだけど農協と同じだなぁ。

●魚市場

いつもの日本は不衛生で遅れているという話。ノルウェーアイスランドでは魚を水揚げせずに直接工場に持ち込むことも行っているそうだ。
小松氏がこの例などで本当に主張したいのは<漁業と水産加工業造船業・土木業(港湾整備)などは一つのエコシステムだ>ということだろう。部分だけ手を加えても全体で考えないとよくならない。このシステム論的な思考(システムズアプローチ)を邪魔するのが縦割り行政。この縦割り行政を超えるべく「東北州で復興院(庁)を」といった提案がなされてるのに官僚は当然のように黙殺。

●TAC

日本でTACが設定されているのは数百の魚種のうち7つだけ(サンマ、マイワシ、マアジ、スケトウダラ、マサバ・ゴマサバ、スルメイカズワイガニ)。その上、TAC>ABCになっているんだからどうしようもない。

●漁業の生産性の国際比較

一隻当たりの漁獲トン数を日本と比べると、ノルウェーは5倍、ニュージーランドは7倍、チリは9倍。一人当たりで比べるとノルウェーは8倍、ニュージーランドは3倍、チリは2倍。
この生産性の低さも農業と似ている。

●韓国もIQ方式を導入した

かつての韓国の漁業制度は日本の後追いが多かったのだが、今は欧米諸国を見習う方針に転換しており、現在はITQ導入の検討も始めている。(p.161)

漁業に限らず韓国は法制度など全般的に"ジャパンパッシング"になっているんだろう。欧米を見習っている日本を見習わず、直接欧米を見習うようになっているだろう。他のアジア諸国もそうなるだろう。

奥尻島の復旧

1993年の地震の後、漁港や漁業施設のハードの復旧は行ったが、漁業振興策(ソフト)は何も行わなかったので、漁業関係者が減りハードも余っている。奥尻島の人口は4300人(1996年)から3300人(2010年)に激減した。
これも原因はシステム論的な思考の欠如だろう。阪神淡路大震災神戸港についても同じことが言われているし、今回の東日本大震災三陸の漁港でも同じことになるんじゃないの。結局は土建屋への公共事業という名の補助金。中央から地方への利権分配政治から抜け出せず。

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