岡田斗司夫、福井健策『なんでコンテンツに金を払うのさ?』
昨日はつい2012年の津田大介『情報の呼吸法』を紹介したが、2011年に出版された本を紹介するシリーズの途中だった。今日で41冊目。今回は昨日のエントリでも言及した本書を紹介したい。津田氏の本と興味をもつ人が重なりそうな気もするし。偶然だが昨日言及した山田奨治氏と山岸俊男氏が今回もチラッと登場する。
本書は著作権に関する一般向けの対談本としては出色の出来。オススメできる。
なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門
- 作者: 岡田斗司夫,福井健策
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2011/12/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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岡田斗司夫、福井健策『なんでコンテンツに金を払うのさ?』(2011)阪急コミュニケーションズ ★★★★
『著作権の世紀』(2010)以来ひさしぶりの福井健策氏。本書はオタクで有名になった岡田斗司夫氏との対談。岡田氏は堀江貴文『0311再起動』(2011)で登場してたな。あとは個人的に岡田氏といえば、『マジメな話』(1998)という対談集に宮台真司氏と小室直樹氏の師弟が両方出ている。なので気にはしていたが岡田氏の本を読むのは初めて。
本書の内容。ネットで"オレの理想の著作権制度"みたいな妄想*1を書いている人を見かけることがあるが、本書での岡田氏の主張はまさにそんな感じ。つまり破天荒に見えるがありがちなことしか言っていない。具体的に岡田氏が主に言っているのは次のようなこと。
これからは注目経済・評判経済(岡田氏には『評価経済社会』という著書があるようだ)に移行するので、コンテンツでカネを稼ぐのは諦めて、周辺(例えばグッズ、ライブ)で稼ぐしかない。だから、著作権制度は廃止すればよい(廃止しなくてもそうなっていく)。
これはまったくありがちだ。特色は電子マネーを絡めていることくらいじゃないだろうか。それも福井氏が森亮一氏の「超流通」という先行研究を的確に引いている。
なので自分が読む限り岡田氏はあまり印象に残らなかった。印象に残ったのは福井氏の方だ。岡田氏の脈絡のない話題を野球のノックのように次々拾っていくところに感心した。
などと思いつつ、福井氏の「おわりに」を読んでいたら岡田氏の議論を「ネットでゴロゴロしている書生論である」(p.222)とバッサリ切っていて笑ってしまった。そして「実証が必要だ。僕は、おだやかに、暗にそう切り返し続けた。」(p.222)。まあ、大体ここに尽きているのではないだろうか。岡田氏の言うようになるかはまだ誰にも分からない、と。
個人的には昔から経済学者が指摘しているように(例えば、奥野正寛・池田信夫『情報化と経済システムの転換』(2001)の奥野論文)、情報の価格はその限界費用≒ゼロに近づくという経済学の原則どおりになると思う。なぜならネット上の情報という財市場は経済学の想定する市場(完全競争)に近いからだ。情報に価格をつけられる生産者(クリエイター)はレントを得られる者だけだろう。岡田氏や福井氏はレントを得られる人ということだろう。
ということで本書の評価をまとめると、岡田氏の議論は"書生論"で読む価値はあまりないが、福井氏の議論は読む価値あり。現在の著作権法の問題の所在が分かる。全体として見れば、これまでに出た著作権に関する対談本としてはベストなのではないか。例えば、本書にもっとも近い類書と言えそうな牧野和夫、西村博之『2ちゃんねるで学ぶ著作権』(2006)より良い。この本は弁護士の牧野氏とネット系ビッグマウスのひろゆき氏の対談本。
以下、内容のメモ。
【はじめに】
岡田氏による。
クリエイターの食い扶持よりクリエイター未満の素人の創作の方が文化の多様性には重要だ。
無料のクリエイターこそが、文化の多様性を生み出す最大多数です。(p.157)
まあ、この価値命題が上に述べた主張の出発点なのだろう。それを最初に書いている点で岡田氏の頭もちゃんと整理されていることが分かる。
【対談】
●自炊代行
当時これが話題になっていたようで、最初はこの話。知財法的には手足理論が適用できるかというのが根本的な問題。福井氏はちゃんとそれにのっとって話している。さすが。
一般的に考えて、自炊代行業者に手足理論は適用できないのでダメという結論。あとは裁断済み書籍のデータだけを売る業者が出てくるのでダメという話も。
岡田氏が「スキャンしたら裁断後の本は捨てないといけない」という法律(?)があるんじゃないか、などと妄想を口にしているが、福井氏がピシャリと否定していて爽快。こういう妄想は何がキッカケで生まれてくるのだろうか。
●DRM
自炊の次に福井氏がDRMの話を持ち出す。
個人的には自炊なんかよりこっちの方が重要な問題。福井氏はローレンス・レッシグと同じ議論をしている。つまり著作権法ではなくコードでユーザ(の私的複製)が規制されてしまうという問題。
●著作権はクリエイターの味方か?
DRMの話は自炊に比べ盛り上がらずに「そもそも著作権法はクリエイターのためのものか」という岡田氏のメインの問いが俎上に。
福井 著作権制度を廃止して文化が発達するかなんて実証不可能。
福井氏は著作権制度を廃止してもコンテンツは作られるだろうが、クリエイターを支えていたサブシステム(例えば出版社の編集者)がなくなるので文化の質が落ちるのではないか、という。
岡田 野球で飯を食っていけなくても、野球好きな上司から雇ってもらえるかもしれない。直接お金を稼げなくてもその「才能を含む総合的な人格」(p.107)で評価されればいい。
これはいい例え。自分も評判経済の評判は総合的なものになるんじゃないかと思う。
岡田 [ビジュアル系バンドのファンである]彼女たちが本当にお金を出したいのは、そのバンドが作るコンテンツに対してじゃない。自分たちが好きなバンドを支えているという喜びに対してお金を払っているんです。(p.114)
これもよく言われるが、いい指摘。
福井氏がコンテンツに「臨在感」(p.122)をつけなければ売れないと言っている。
この言葉を使うとはさすが。この概念は著作権にとって(も)重要だ。「臨在感」はヴァルター・ベンヤミンのいうアウラと同じもの(『複製技術時代の芸術』(1935))。「臨在感」を自分の言葉で説明すると「今、ここ」が<全体>につながるような感覚。一回性であり、一体感・高揚感などを伴う。もともとは「神(全体性)がすぐそこにいる」という感覚で神学的な概念だと思われる。「すぐそこ」というのは、人間が見て触れることのできる物理世界のすぐ裏に神が控えているという感覚だ。この神学的な概念がドイツ哲学の流れにそってフランクフルト学派のベンヤミンにまで連なっている。宮台真司氏によれば、ニーチェの<強度>という概念も同じ系統。<強度>は自分にとって重要な概念で、これまで色々な時事問題に当てはめて本ブログにエントリを書いてきた。
【その他】
●FREEex
岡田氏がFREEexという話をしている。
これが堀江氏の本で紹介されていたものだ。
●無許可引用
福井 私はね、けっこうかっこいいですよ(笑)。例えば、『著作権の世紀』などの図版はすべて無許可で引用して、著者の選択と責任の下で掲載しています。(p.67)
岡田氏も『遺言』で同じことをした。山田奨治氏も無許可で引用しようとしたけど出版社に反対されたというような話を書いていたな(たぶん『日本文化の模倣と創造』(2002))。
●安心社会から信頼社会へ
岡田 欧米は内輪の信用に基づいてビジネスを行う「信用社会」から外部の人間にも信頼できる「信頼社会」に移行した。
社会心理学者山岸俊男氏の『安心社会から信頼社会へ』(1999)の間違いだろう。細かいけど。p.147も同様。
●誤記
p.134の註55に誤記がある。『<シェア>からビジネスを生みだす新戦略』の著者はクリス・アンダーソンじゃないだろ。
●全メディアアーカイブ
福井氏の提案する電子アーカイブシステム。残念ながら自分が注目したところはない。オプトアウトを使うという点だけ。これもグーグルブックスとかでありふれているし。ただ、この提案の動機はすばらしい。米国支配への対抗ということ。TPPでもSOPAでも同じことだ。
まぁ、今までも同じ目的で政府なんかが色々やってるけど(例えば、情報大航海プロジェクト)成功したことはないのだから、この福井氏の提案が成功しなくても全くおかしくない。
【関連エントリ】
- TPP著作権問題:日本側の目標は「知財強化」その背景にはポリシーロンダリング ※TPPにおける対米支配への抵抗という福井氏の動機が見える
- フランス著作権法の二次創作規定とは何か?韓国のフェアユース規定は米韓FTAの帰結か? ※こちらもTPP関連。福井氏のシンポジウムでの発言をもとにしているエントリ
- 福井健策『ビジネスパーソンのための契約の教科書』
- 作者: ヴァルターベンヤミン,佐々木基一
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- 作者: 奥野正寛,池田信夫
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- 作者: 山岸俊男
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*1:もちろん妄想はすべてダメという訳ではない。