福井健策『ビジネスパーソンのための契約の教科書』
2011年に出版された本を紹介するシリーズの42冊目。前回の岡田斗司夫、福井健策『なんでコンテンツにカネを払うのさ?』に続き福井健策氏(弁護士)の本を。前回は著作権ビジネスに関する対談本だったが、今回は契約法に関する新書。前回の本も今回の本もオススメできる。
- 作者: 福井健策
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/11/18
- メディア: 新書
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福井健策『ビジネスパーソンのための契約の教科書』(2011)文藝春秋 ★★★★
『ビジネスパーソンのための契約の教科書』(2011)に続いて福井健策氏。今回はタイトルどおり契約法の話。といってもタイトルにない「著作権」という限定もかかっている。
本書の内容だが、前半(第1・2章)はタイトルの「ビジネスパーソンのための」に当たる部分で、福井氏の関わった実例をもとに国際著作権契約の実務上の問題を紹介する。後半(第3・4章)はタイトルの「教科書」に当たる部分で契約法の教科書的な説明+実務的な説明。
本書は以前の福井氏の過去の新書『著作権とは何か』(2005)、『著作権の世紀』(2010)とはだいぶ雰囲気が違う。これらの既刊本はふつうの新書の書き方だが、本書は『なんでコンテンツにカネを払うのさ?』と同じ位くだけた書き方。なので、今まででもっとも平易な新書になっている。雑談や冗談を挟みつつ読みやすさ重視。契約法について知識ゼロで学べるようにということだろう。著作権に関心がある読者にとっては契約法の最初の一冊としていい出来だと思う。
本書の評価だが、私にとっては新しい話は特になかったが、福井氏らしい著作権の実務の具体例はおもしろかった。福井氏自身が言うように「ごった煮的」(p.202)でまとまりの悪い面はある。それでも全体的に経験に基づく事例がいいし、記述もよい。特に福井氏(出版社)の狙い通り著作権関係の契約に携わるような「ビジネスパーソン」向けにはよい本だと思う。
以下、内容のメモ。
【第1・2章 契約実務】
著作権関係の国際契約が題材になっている。具体的には日本企業とアメリカ企業の著作権ライセンス契約とアメリカのネットサービスの利用規約が取り上げられている。そして日本企業の問題点として川島武宜『日本人の法意識』(1967)が引かれ、日本人の「信頼が共有されている」という誤解を指摘している。第5章のアドバイスにも同様のものが。
合意至上主義、交渉決裂は「失態」という意識を乗りこえる(p.197)
●アサインバック
アサインバックとはライセンサーがライセンシーの二次的著作物の著作権を召し上げる条項。ディズニーなどが使っている。ライセンサーがロイヤルティも著作権も得られるので非常に有利。
福井氏は独禁法の問題などにも触れている。特許においてもアサインバックやグラントバックという条項があるが、独禁法上の問題がある。著作権ならいいのか?
●裁判管轄
日本側はこだわらないが、アメリカ側はこだわるという話。
金額面でも、その他の条件面でもある程度妥協してきた相手が、[なぜ]管轄だけ呑まないのか。そこが一番危ないと思っているからです。(p.70)
●"問い合わせ"
日本側は、国内契約だったら絶対に一蹴するような条件でも[・・・][こう変えてくれという]「交渉」ではなくしばしばこの「問い合わせ」をやります。何を問い合わせるか。一言でいえば相手方の「真意」を問い合わせるのです。(p.71)
アメリカ側から「こう書いてあるが念のためだ。悪いようにはしない」と言われると日本側は納得しようとするという。これはニヤけてしまうくらいありがち。
●そもそも契約書を作らない
日本書籍出版協会によれば、作家と出版社が出版契約書を交わした例は45%に過ぎない(2005)。
●利用規約
ユーチューブの規約には、「投稿動画について利用者がユーチューブに無償ライセンスを与える」とある(6条C)。
福井氏は実際問題としてユーチューブがユーザに無断で利用することはないと予測する。と同時に、ユーチューブの経営が傾いたりしたときに(経営者が交替したりすると)どうなるか分からないと指摘する。
全くもって同意。特許においても同じようなことが起こる。カネに困ってパテントトロールに特許を売る大企業とか。
●消費者法
日本のユーザーだからといってアメリカ企業の利用規約に日本の消費者契約法が適用されるか分からない。利用規約は約款の一種。
福井氏は国際私法の問題もちゃんと言及している。他にも法教育などトピックの選択がいい。本書で取り上げられているトピックは気にしておくべきものばかり。
【第3・4章 契約法】
契約法の教科書的な内容。以下のようなトピックを扱っている。契約とは何か?、契約自由の原則、契約法は任意規定。
契約の効果のところで「債務不履行は犯罪ではない」という話になり『デイヴィッド・コパーフィールド』の登場人物ミコーバーが出てくる。
「出てくるかなぁ」と思ったらやっぱり出てきて嬉しくなってしまった。どの著書でも思うが福井氏は著作物の例の選び方がいい。チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』は人情モノ小説の傑作。ミコーバーはダメオヤジなんだけどいいヤツなんだ、これが。ミコーバーの嫁もいいキャラ。
【第5章 契約についてのアドバイス】
福井氏の経験に基づくアドバイス。
契約書はコストであり、リスクを減らすというメリットが契約書を作るコストを上回る場合にのみ契約書を作るべき。例えば、継続的取引や取引額が小さいなどの事情は契約書のメリットを小さくする。
単純だけど(単純ゆえに)、その通りだと思う。
【その他】
●対米関係
沖縄基地問題などを例に挙げ、日本政治の「対米交渉の失敗」を問題視している。
TPPでもそうだったが、やはり福井氏は対米関係(対米従属)を気にしているようだ。この問題意識は重要。例えば、五百旗頭真氏の『日米関係史』が参考文献に挙げられているのもこの問題意識の表れではないか*1。
【参照文献】
チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』
川島武宜『日本人の法意識』 ※岩波新書の名著。必読。
フィッシャー=ユーリー『ハーバード流交渉術』
五百旗頭真『日米関係史』
- 作者: 川島武宜
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- 発売日: 1967/05/20
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- 作者: 福井健策
- 出版社/メーカー: 集英社
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- 作者: 福井健策
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- 作者: チャールズディケンズ,Charles Dickens,中野好夫
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*1:でもよりによって五百旗頭氏ってのがなんとも。