石井正『世界を変えた発明と特許』

2011年に出版された本を紹介するシリーズの51冊目。今回は知財。著者の石井正氏は元特許庁の官僚。現在は大阪工大の知的財産学部長。知財ブームの時にこの学部を作った本人。特許庁OBにありがちだが、石井氏は特許の歴史についての本を何冊か書いており本書もその一冊。本書の内容はライト兄弟の飛行機特許など歴史的に有名な発明とその発明が特許係争に巻き込まれる様子の紹介。お話としてはなかなか面白い。発明を特許の明細書に基づいて技術的に解説している点も好印象。

世界を変えた発明と特許 (ちくま新書)

世界を変えた発明と特許 (ちくま新書)

石井正『世界を変えた発明と特許』(2011)筑摩書房 ★★★

ひさしぶりの石井正氏。新刊が出ていたのでちくま新書ということもあり読んでみた。類書としては上山昭博『発明立国ニッポンの肖像』だろう。上山氏の著書との違いは本書の方が範囲が広い。第一には上山氏は日本の発明に限定しているが本書は世界をカバー。上山氏の本は発明に限定しているが本書は特許までカバーしている。広いからいいという訳でもなく、どちらも同じくらいいい本だと思う。なかなか楽しめた。


扱われている発明家・発明は次のもの。厳密にはレントゲンだけは発明ではなく発見。

第1章 ワット(蒸気機関)
第2章 エジソン(電力システム)
第3章 ライト兄弟(飛行機)
第4章 マルコーニ(無線)
第5章 ショックレー(トランジスタ)
第6章 キルビー(IC)
第7章 豊田佐吉・喜一郎(自動織機)
第8章 レントゲン(X線)

本書のよい点は発明と特許が組み合わさっているところだ。例えば、ショックレーに関連して職務発明を説明したり、ライト兄弟やマルコーニ(というよりRCA)に関連してパテントプールを説明したり。このアイデアはいい。たぶん本書が初めてだろう。

【第2章 エジソン(電力システム)】

名和小太郎『起業家エジソンとほぼ同じ。この本は参考文献に挙げられているが。
エジソンの優れていたのは電力システムを構想した点にある。しかし直流にこだわったため投資家(コーネリアス・バンダービルトら)に見放され経営権は奪われた(エジソン電灯社からGEになった)。なぜ直流ではダメなのか。電圧の変換が難しく発電所から高電圧で送ると損失が大きすぎるため。

【第4章 マルコーニ(無線)】
●なぜRCAができたのか?

アメリカ政府の規制によりアメリカ国内でのマルコーニ社製無線が排除された。例えば、米海運局が外国会社(米国人の株式所有が50%以下)の無線設備は受け入れないという規制を出した。米マルコーニ社の経営悪化を見た上でアメリカ政府(海軍)は米マルコーニの株式をGEが買い取るようにお膳立てした。GEと無線特許で法廷闘争していたAT&TRCAに参加するように要請された。GEとAT&Tは無償クロスを結びGEは無線電信、AT&Tは無線電話と市場分割した。そこにウェスティングハウスが絡んできた。無線特許をわざわざ買い取ってRCAに参加させろと言ってきた。WHも電信会社だからかな。結局アメリカの無線特許はRCAに一極集中することに。そこうするうちにラジオのブームが来てRCAはロイヤルティで大儲け。そのカネでテレビを開発した。

【第5章 ショックレー(トランジスタ)】

ウィリアム・ショックレーがベル研を辞めて半導体研究所を設立したのはトランジスタ特許に対する発明報酬が1ドルだったから。そうだったっけ。まあ最初のトランジスタ発明にはショックレーは発明者として名前が入らず、もう一度別の発明を出したというあたりもなんだかなぁ。最初の発明者二人バーディーンとブラッデンは1ドルに文句はなかったそうだ。二人は学者肌と実験屋肌だったため。バーディーンは大学に戻りトランジスタとは別の業績(超伝導)でもノーベル物理学賞を取っているそうだ。ブラッデンはベル研に残った。
ノーベル物理学賞を二度も取った人って他にいるのかな(物理学では一人だけだそうだ)。

【第6章 キルビー(IC)】

フェアチャイルド後にインテルロバート・ノイスとキルビーがインターフェアランスをして争った話が細かく書いてあり興味深い。図面には"フライング・ワイヤー"しか記載がなかったが弁護士が実施例中に「金などの材料を酸化物の上に置いて電気的な接続をはかる」との一文を入れてあったのでキルビー側はこれを根拠に争った。しかし「金は置くことはできても蒸着はできない」という専門家証言が効いてノイス側がインターフェアレンスに勝利した。しかしインターフェアレンスの決着前にTIとフェアチャイルドの経営者同士が交渉をもち「どちらが勝っても、互いの権利の有効性を認め(無償)クロスして、一緒に他社へライセンスしていく」と合意していた(1966)。それで二社は日本企業にあわせて料率8.5%を要求した、と。

【エピローグ】

発明者へのアドバイスが書かれている。ラボノートをつけろ(本書はアメリカの先願主義移行の話に一切触れていない)とか公知になっても新規制喪失の例外を適用できるとか。

【その他】

本文に何度も弁理士という言葉が出てくるが、アメリカには弁理士はいない。特許弁護士と書くべき。

【参照文献】

ノーバート・ウィーナー『発明』
大河内暁男『発明行為と技術構想』
名和小太郎『起業家エジソン
T・R・リード『チップに組み込め!』

発明立国ニッポンの肖像 (文春新書)

発明立国ニッポンの肖像 (文春新書)