「ガラパゴス」販売終了:経営学(モジュール理論)と政治学(省庁代表制)
抽象
まず大前提として現代の経営学では<どこをオープンにしてどこをクローズにするかという戦略が重要だ>というのが一般的な理解だろう。この理解がもっとも当てはまるのがデジタル技術を用いる業界だ。よってかなり広い。オープンとクローズは水平分業と垂直統合という文脈でも議論される。
現在、この立場をとる論者は山ほどいる。例えば、池田信夫『ウェブは資本主義を超える』(2007)とか妹尾堅一郎『技術で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(2009)とか夏野剛『i Phone vs. アンドロイド』(2011)とか。経営学者のものとしては「オープンイノベーション」という流行語を作ったヘンリー・チェスブロウ『オープンビジネスモデル』(2007)とか。
このような考え方の創始者は誰か。自分の理解では、カーリス・ボールドウィン=キム・クラーク『デザイン・ルール』のモジュール理論だ。日本では池田信夫『情報通信革命と日本企業』(1997)が初期のもの。自分が、池田信夫氏の本で読む価値があると思っているのはこのモジュール理論に関する部分だ。あと、日本のもので忘れてならないのが、ハーバードでキム・クラークに学んだ藤本隆宏氏(東京大)のトヨタの事例に関する一連の研究。もっと忘れてはいけないのが青木昌彦氏(スタンフォード大)。青木氏の編著『モジュール化』(2002)の執筆陣にはボールドウィン=クラーク、藤本隆宏氏、池田信夫氏と勢揃いしている。
ついでに言うと、現代の経営学で付き合う価値のある議論はこのモジュール理論とそれを踏まえた研究(例えば、クレイトン・クリステンセン(ハーバード大)の破壊的イノベーション理論)だけではないかと考えている。
さて、モジュール理論とは何か。ボールドウィン=クラークが取り上げた最初の事例であるIBM/360(1964年)で考えてみる。IBM/360はインターフェースで接続されたモジュールの集合(システム)として設計された。これによりIBMの開発部門は各モジュールの開発を独立して行えるようになったというもの。そしてこのインターフェースを他社がリバースエンジニアリングすることで他社もモジュールの開発を(当然だが独立して)行えるようになった。このインターフェースのオープン化の結果として、他社のモジュールがIBM/360で動作するようになり、IBM/360に競争優位をもたらした。この他社をサードパーティと呼んだ。
以上はハードウェアとハードウェアの間でのことだった。同じことがハードウェアとソフトウェアの間にも言える。ハードとソフトの間にもインターフェースが設けられた。当初IBMはハードとソフトをバンドルして開発・販売・保守していた。しかし、IBMに対する司法省の反トラスト法訴訟の結果として、ハードとソフトはアンバンドリングされた(1969年)。アンバンドリングはハード・ソフト間のインターフェースのオープン化といえる。これにより他社がソフトウェアをモジュールとして提供できるようになった。
同じことがソフトウェアとソフトウェアの間にも言える。例えば、OSとアプリケーションとの間のインターフェースをオープンにすれば、自社のOS上でサードパーティのアプリケーションを動かせる。その際、モジュールであるOS自体はクローズとする。この戦略は、周知のようにマイクロソフトが採用したもの。なお、IBM/360のOS/360は(定義次第だが)世界初のOSと言われる(1964年)。また、例えば、インテルはMPUをクローズにしてPCIバスをオープンにするという戦略をとった。これによりMPUをキーデバイスにすることができた。
他の例としては、ゲーム機、工作機械、半導体露光装置(ステッパー)なども研究されている。池田信夫氏は自身の経験を活かしてデジタル技術と関係をもってきた放送業界に応用している。
以上をまとめて一言で言えば、デジタル技術を用いる企業の歴史はこの<どこをオープンにしてどこをクローズにするか>という戦略を考えることの繰り返しということだ。任天堂のファミコンにしても、ドコモのi-modeにしても(夏野剛氏の著書に毎回出てくる)、アップルのiPod/iTunesにしても、モバゲーやGREEにしても同様だ。
現実と抽象
ガラパゴスの失敗の原因は、シャープがアップルやアマゾンのデファクトスタンダード(例えばEPUB)にしたがわず、独自標準で電子書籍をクローズにしたことだった。シャープにはクローズにした電子書籍にユーザを呼び込み、囲い込む力がなかった。<どこをオープンにしてどこをクローズにするか>を間違えた。
では、なぜ間違えたのか。経営学の見地からは組織の意思決定の問題(経営者がバカだったから)というのもあるかも知れない。しかし、自分が注目する理由は政治学の見地からのものだ。
ここで登場する政治アクターは総務省・文科省・経産省からなる三省共同懇談会と山田氏のコメントにも登場する大手出版社からなる日本電子書籍出版社協会だ。三省共同懇談会は日本の電子書籍ビジネスに強い影響力をもっているようだ。そうするとシャープの独自標準は、大手出版社が官僚を通じて、シャープに独自標準を採用させるよう影響力を行使した結果ではないか、と思える。大手出版社がアップルやアマゾンのデファクトスタンダードには乗らず、独自標準を採用させるのは、書籍(著作物)に対するコントロールを手放したくないためだ。
このように<官僚が民間の利益団体から利害を吸い上げ、規制(法のような強制、行政指導のような非強制含め)にそれを反映させる>というのが省庁代表制だ。
以上のように、ガラパゴスの失敗の根本的な原因はこの省庁代表制にあるのではないか。
同じ失敗が放送業界においても起こっているように思える。テレビ局の著作物(番組)に対するコントロールを手放したくないという利害が、官僚を通じて、もしかすると司法まで影響力を及ぼしているように見える。
ここで、出版社とテレビ局に共通するのは<コントロールを手放したくない>という利害だ。コントロールの手段が著作権だ。今まで論じてきた<どこをオープンにしてどこをクローズにするか>という問題は、特許権・著作権など知的財産権と深く関係している。クローズにするには知的財産が必要で、オープンにすることは知的財産を手放すことにつながるからだ。デジタル技術の進展に伴い知財が問題になるのも当然といえる。知的財産制度という規制に出版社やテレビ局が省庁代表制を介して影響力を行使しているといえる。ここに官僚が配分する利権が発生し、政官財の癒着が現れる。例えば、放送業界の電波利権や出版業界の再販制度だ。よって、いつものように官僚内閣制・省庁代表制が根本的な問題だと言える。
なお、上に挙げた妹尾堅一郎『技術で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』やヘンリー・チェスブロウ『オープンビジネスモデル』は知財に大きく紙幅を割いている。
現実
産経新聞より。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110915/biz11091510310007-n1.htm
「ガラパゴス」進化せず シャープ、9月末で販売終了 「iPad」に対抗できず
2011.9.15 10:31
シャープは15日、昨年12月に販売を始めた電子書籍を楽しめる多機能端末「ガラパゴス」の販売を9月末で終了すると発表した。米アップルの「iPad(アイパッド)」の人気に押され、売り上げが不振だった。イー・アクセス向けの製品供給は続ける。
電子書籍端末の国内市場は、昨年5月に発売されたアイパッドが先行。ソニーも昨年12月に専用端末「リーダー」を発売するなど競争が激化している。
[…]
「TSUTAYA(ツタヤ)」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と「TSUTAYA GALAPAGOS(ツタヤ ガラパゴス)」を設立、端末発売と同時に電子書籍などの配信サービスを開始していた。
一方、販売を継続するイー・アクセスに供給するガラパゴスは、液晶画面は7インチで米グーグルの情報端末向け基本ソフト(OS)「アンドロイド」の最新版3・2を搭載し、8月に発売された。
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