TPP著作権問題:日本側の目標は「知財強化」その背景にはポリシーロンダリング
1.TPPにおける日本側の目標は何か
福井健策氏(弁護士)のつぶやきをまとめた記事。
「TPPで日本の著作権は米国化するのか〜保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償」
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/20111031_487650.html
もとのつぶやきはこちら。
http://togetter.com/li/201812
この記事で福井氏は「日本側の交渉目標がないまま交渉参加することが問題だ」と指摘している。
ただ問題は、交渉参加の刻限が迫る中、知財政策・情報政策ひとつ取っても、日本政府がどんな優先順位で何を目標に交渉に臨もうとしているのか、状況が見えない点にある(参考:外務省文書)。
自分には日本側にも知財強化という一貫した目標があるように思える。なぜなら日本はアメリカの知財強化という国家戦略に積極的にのってきたという経緯があるからだ。この動きはGATTウルグアイラウンド(1986-1995)からWTO(1994)を経て今日まで一環している。日米協力の結果が例えばTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)だ(高倉成男『知的財産法制と国際政策』(2001))。福井氏の指摘するACTAも知財強化を狙った多国間条約だ。
海賊版対策では、日本が提唱し米国・EUも加わったACTA(模造品・海賊版拡散防止条約)が先日成立し、日本からは玄葉光一郎外相が署名した。
なぜ日本側も知財強化を目標とするのか。福井氏は外務省のいわゆるアメリカ・スクールについて示唆している。
「なんとなくアメリカと仲良く見える」という程度の理由でそれが決まってしまうほど、この国の文化の、情報流通の未来は軽くないのである。
自分は官僚が特定の日本企業の利益を図っているという点を指摘したい。この背景は何か。
第一に経産官僚は城山三郎『官僚たちの夏』(主人公は特許庁長官になる)に描かれたような「産業政策で日本を良くする」という妄想に未だにとらわれているのかもしれない。記憶が確かなら、高橋洋一氏は大蔵省の新人研修で本書を読まされ感想文に「産業政策は無駄じゃないか」と書いたら怒られたという*1。「産業政策が無意味」というのは非常に多くの経済学者が指摘するところだ(三輪芳朗=マーク・ラムザイヤー『産業政策論の誤解』(2002)*2、岩田規久男『日本経済を学ぶ』(2005)、ポール・クルーグマン『良い経済学 悪い経済学』*3(1997)、アナリー・サクセニアン『現代の二都物語』(1994))。
第二に省庁代表制(政治家ではなく官僚が国の利益を代表すること)だ。例えば、経産官僚が自動車メーカや電機メーカの利益をはかって意匠権や特許権を強化しているといえる。また例えば、文科官僚がレコード会社の利益を代表してレコード還流防止規定を著作権法に入れたということもあった。
2.ポリシーロンダリングは民主主義に反するレントシーキングなので最悪
官僚が特定の日本企業の利益を図るために条約(外交・外圧)を利用するのがポリシーロンダリングだ。
実際、外交を通じて国内制度を変える「ポリシーロンダリング」という言葉がはやる通り、そんな狙いは関係者の一部にはあるのかもしれない。
ここでのポリシーロンダリングはまず秘密裏に条約を結んでしまった上で「条約を結んでしまった以上国内法化するしかないですよ」と官僚が国会を説得して立法させて目標を達成しようとすることといえる。
ここからポリシーロンダリングは民主制における政治過程の基本を歪めるものだということが分かる。日本企業などが官僚を通じて政治家に直接圧力をかけるのではなく、さらに条約(つまりはアメリカ)の力を借りて圧力をかけることだからだ。官僚政治の最たるものではないか。ポリシーロンダリングは官僚政治にとって有効な手段といえる。
もちろん民主制は法学・政治学の最重要な制度の一つなので、これは大問題だと考える。
また特定の日本企業の利益を図って立法するというのは経済学でいうレントシーキングそのものだ。「レントシーキングが悪」というのは論争の多い経済学者の中でも相当広い合意があると思う。なにしろ経済学最強の古典アダム・スミス『国富論』(1776)も重商主義者によるレントシーキングを批判しているものだと理解されている(堂目卓生『アダム・スミス』(2008)、池田信夫『古典で読み解く現代経済』(2011))。
なお、堂目氏によればスミスは「重商主義は称賛されるものを称賛に値するものと錯覚する『弱い人』の政策であるといえる」と述べている。「称讃されるもの」とは金・カネ。TPPに関する論争を見ていても未だに「貿易黒字は善、貿易赤字は悪」という18世紀の重商主義者の発想から抜け出せない「弱い人」が結構いるみたいだ。
以上のようにポリシーロンダリングは民主主義に反するレントシーキングなので政治学・法学的にも経済学的にも最悪だ。対立することの多い法学と経済学だが「最大多数の最大幸福」を目指すという功利主義の目的を受け入れるという点では共通しているということだ。ポリシーロンダリングは特定者の利益を図るのでそもそも「最大多数の最大幸福」に反する。
【関連エントリ】
- ポール・クルーグマン著、山岡洋一訳『良い経済学 悪い経済学』 ※読書メモ
- 米国特許法「先願主義」へ:なぜ今まで先発明主義だったのか? ※アメリカの知財強化の国家戦略
- 国際収支統計における日本の著作権収入はいくらか?(1996年から2010年)
- フランス著作権法の二次創作規定とは何か?韓国のフェアユース規定は米韓FTAの帰結か?
- TPP問題:「広く弱い利害」をもつ集団から「狭く強い利害」をもつ集団に利益が移転される
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*2:こちらのブログに詳しく紹介がある。http://d.hatena.ne.jp/judgeer/20081101/1225528396
*3:以前読書メモを載せた。http://d.hatena.ne.jp/yuki_takao/20110822/1314012426