なぜ日本の農業はダメなのか?

今回はこの問いについて八田達夫・高田眞『日本の農林水産業(2010)(読書メモ)を基に考えてみる。この本には日本の農業・林業・漁業の問題点と解決策が書かれている。日本の農業・林業・漁業はどれもろくでもない状況に陥っているが3業種に共通の問題がある一方、異なる問題もあり3業種をまとめて概観できるこの本は素晴らしい。私もはじめて第一次産業に関する本を読んだがとても参考になった。このエントリも林業・漁業と続く予定。

●なぜ日本の農業は腐敗しているのか?

この問いは有名なので、答えられる人も結構いるかもしれない。自分もある程度は知っていた(大前研一氏の著書などで)が典型的な腐敗なので参考になる。


日本の農業の腐敗は農協・自民党農水省の政官業の「鉄の三角形」にある。八田氏は元農水省の山下一仁氏にならって「農政トライアングル」と呼んでいる。この3者は「小規模農家が多数存在する状態が望ましい」という点で利害が一致する。しかし、この状態は規模の経済が得られず日本の農業の生産性を低いままにする結果を招くので日本全体にとって望ましくない。この生産性の低さが腐敗の望ましくない帰結。

●なぜ「小規模農家が多数存在する状態が望ましい」のか?

第一に、農協にとっては、農家が大規模化すると組合員数が減るし、大規模化した農家は農協から自立するので利用額も減ってしまう。よって農協にとっては小規模兼業農家が多数ある現状が望ましい。八田氏はこう書いている。

農協の組織目的は、組合員数の維持と事業の利用額の増大である。(p.19)

官僚組織に共通の目的だ。
第二に、自民党は農協が集票マシーンとなってくれるので、農協の利益をはかることが自らの利益にもなる。農協の利害を国政に反映させることを仕事にしていたのが農水族という族議員。もちろん自民党は小規模農家が多数存在した方が多くの票が得られる。
第三に、農水省も農協の政治力を基に組織の維持と予算の増大を目指す。
こうして3者の利害は一致する。このような「鉄の三角形」は高度成長期の日本のあらゆる業界で見られたことだろう。このような中央の政治家・官僚が地方に利権を分配して地方の票を買うという流れが高度成長期の日本の基本的な政治過程だろう。このような利権分配システムを完成させたのが田中角栄。利権分配システム完成と同時期に高度成長期が終わり、国の生産性が落ちているにも関わらず、非効率な利権分配が続けられ、どうにもらならなくなった現状に至るという感じだろう。

●小規模農家とは誰のことか?

農政トライアングルが維持しようとしている小規模農家とは具体的には誰なのか。高齢者の専業農家と第二種兼業のコメ農家だ。彼らの共通点は農業の収入なんて期待していないこと。高齢者は年金だけで生活でき、第二種兼業農家は定義によりサラリーマンとしての収入の方が大きい。八田氏の本で知った恐ろしい統計は、専業農家の9割は世帯の"全員"が65歳以上ということだ。また第二種兼業農家農家全体の61.7%を占める。彼らの平均世帯収入は792万円でサラリーマン世帯の646万円よりかなり高い。この統計は2002年のものだが、それ以降、農水省兼業農家の収入を発表するのを止めたという。ともかく以上の小規模農家が農家全体の80%程度を占めるということだ。
そして「農政トライアングル」は彼ら小規模農家を農業に留めておくことで政治力を維持しようとしてきた。結局、農業への補助金は農業の収入なんて期待していない小規模で非効率なコメ農家を農業に留めておくために使われてきたといえる。当然この補助金の支給先は農業収入で生活しようとしている若い専業農家への補助金に切り替えられるべきだ。

●農政トライアングルはどうやって「小規模農家が多数存在する状態」を維持するか?

第一にはコメの価格を高く維持して小規模農家に損をさせないための政策であるコメの高関税生産調整。小規模農家に損させると離農してしまい集票マシーンが機能しなくなってしまうから。
第二に農地の売買を制限する農地法と農地の転用を制限する農業委員会だ。以下この2つについて。

農地法

農地法は農業をやろうとする株式会社に農地を保有させないための法律である。農地法の制定理由は、戦後の農地解放不在地主から奪った農地が農民のもとに維持されるようにすること。そのために農地の移転を制限した。しかし農地の地主への集中を防ぐ方法は農地解放+累進課税相続税で十分だった。実際に工業においては財閥解体累進課税相続税で資本の集中を防ぎ、平等化を達成した。農地法は過度の規制になっており現在まで非効率をもたらしている。それが農業と工業の戦後の生産性の違い。現在ではむしろ農地には相続税軽減が認められており相続税逃れのために兼業農家が耕作せずただ農地を所有し続けている。
このような問題は高度成長期に既に明らかだった。

農地法が生産性の向上を妨げることは、1960年代には広く知られていたとおり、農水省自身も、その見直しを検討していた。しかし、そのころに台頭した農協が、票集めの手段として機能することになり、兼業農家戸数維持に決定的な役割をもつ農地法の改革が見送られてきたという事情がある。(p.15)

●農業委員会

農地を宅地・商業地などに転用するためには農業委員会の許可が要る。農業委員会は各市町村ごとに設置される行政委員会で、その委員は特別職地方公務員。委員は組合の推薦+市町村長の選任と選挙で選出されるが、地方の有力者(例えば農協役員)が無選挙で選ばれることが多い。結局「農政トライアングル」の末端組織ということ。


農地法と農業委員会により農地の不動産市場が成立していない。よって農地にはほとんど価格がつかない。よって農業の収入なんて期待していない小規模農家(サラリーマン農家・年金生活者農家)も農地を売るメリットがないので農地をそのまま保有している。いつか転用が認められれば高い値段で売れると思っているので、その日を待っている。相続税の軽減もあるし。

●「小規模農家が多数存在する状態」を解消するには?

八田氏はいろいろな対策を提案しているが、根本的な解決策は農協利権の解体だろう。農協が集票マシーンとなっている限り、政治的決定が歪められ「最大多数の最大幸福」を目指す政策がとれないためだ。ということで最後に農協について。

●農協

農協は歴史的には戦中の農家の統制機関「農業会」を戦後食管法の下、コメの供出機関として活用するため「農協」に改組したものだという。農協は誕生の瞬間から政府の地方支配のための出先機関だったということだ。
農協は協同組合の一種だが、協同組合は個々の消費者・生産者が大企業と対等な立場に立つために自主的に組織されるものである。しかし農協は規模からみて日本有数の大企業であるので協同組合に例外的に与えられる特権(例えば法人税の軽減)は正当化できない。
農協は経済事業と金融事業を行う。経済事業は農作物を買上げ販売したり農機具・肥料を農家に売る事業。金融事業は預貯金・貸付など銀行業(JAバンク)と共済(生命・終身・医療・年金)。農協の経済事業は8兆円。金融事業の貯金残高は78兆円、共済契約高は360兆円。職員は23万人。この23万人は当然ながら組合員すなわち農家とは別だ。組合員は500万人ほどいる。この23万人の利害は上で述べたようにちゃんと農業で生活しようとしている農家と一致していない。
農協は金融庁・会計士の監査は免除されているし、そもそも金融機関の兼業規制が免除されているし、預金者保護がないし、地域独占だし、独禁法の優越的地位濫用も実質的に見逃されているし、まあいろいろと無茶苦茶のようだ。
この利権を解体するのが大変だ。でもこれをやらないとちゃんと農業収入で生活しようとしている農家はますます苦しい立場になるのではないか。


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