伊東光晴『日本の伏流』

2011年に出版された本を紹介する40冊目。前回まで紹介していた高橋洋一氏と同様「経済+政治ニュース」の本として伊東光晴氏の単著の読書メモを。伊東氏は6冊目に紹介したケインズ学会編、平井俊顕監修『危機の中でケインズから学ぶ』の執筆者の一人でもあるケインズ経済学者、京大名誉教授。かなり残念な内容。

日本の伏流―時評に歴史と文化を刻む (筑摩選書)

日本の伏流―時評に歴史と文化を刻む (筑摩選書)

伊東光晴『日本の伏流』(2011)筑摩書房 ★★

『現代経済を考える』に続いて伊東光晴氏。本書は『世界』に5年ほど連載していた時評を編集したもの。基本的には政治と経済の話。ただ下らない雑談がやたらと多い。冒頭の100ページくらいずっと雑談なので「遂に今年も★1を付けるときが来たか」と思ったが後半はまだ政治経済の話で助かった。もっともヒドかったのが日本を母ヤギ、中国を父ヤギ、韓国・台湾などを子ヤギに例えて、アメリカを狼に例える下らない作り話。正直言ってキモイ。でも、その後で日米貿易摩擦の歴史を普通の文章で書いてるからまだいいけど。

小泉内閣批判

お約束の無根拠な批判。山口二郎氏(北大)と変わらないな。ただ郵政民営化批判は以前からよく書いてるテーマだけに説得力があった。ドイツポストとDHLの例。国営を維持したまま合理化(特に国際運送事業への新規参入)させる手法で成功した。
一方でコメ自由化については賛成だったりする。

新古典派批判

「現実との整合性を考えていない」だって。お前が言うなー。

●貨幣数量説批判

赤羽隆夫氏の批判を紹介している。当然伊東氏は好意的。
バブルのとき土地・株が値上がりし貨幣の流通量(MV=PYのMとV(M=通貨量、V=流通速度、P=物価、Y=GDP) )が増えた。しかし物価はすぐには上がらなかった。なぜなら物価に影響したのは土地・株の値上がりで、土地・株の値上がりが物価(P)に影響するのは時間がかかるから。よって物価に影響したのは貨幣の流通量ではない。
うーん、こう言われると納得しちゃうけど。貨幣数量説はホントよく分からないな。

●翁・岩田論争(マネーサプライ論争)

伊東氏は翁邦雄氏に肩入れして紹介している。
岩田規久男氏がバブル崩壊後に「金利を下げろ」といってその後下がったのに景気は回復しなかった。次に岩田氏は「マネーサプライ増やせ」と言った。それに対し翁氏が「需要がないんだから意味がない」と言って論争になった。岩田氏は自分の最初の主張の失敗を誤魔化すため日銀批判をしている。

●戦争責任

ドイツは戦争責任をすべてナチスハーケンクロイツに押し付けたのでうまくいった。日本も日の丸・君が代を捨てて真似すべき。
スゴイな。左翼ってこういう感じなのだろうか。

●国際儒教連合会

1992年に中国政府主導でつくった組織で韓国・台湾・シンガポールなどが参加。会長が中国国務院副総理。名誉会長がリー・クアン・ユーEUにならい中国主導でアジア共同体を作る計画の表れ。
ほぉ。こんなのをこの時期からやってるんだ。伊東氏は「共産党儒教とは無茶苦茶な矛盾だ」と言っているが、確かにそうだ。E「Uがキリスト教ならアジアは儒教だ」っていう考えなんだろうけど。

南原繁大内兵衛

二人の言葉を紹介している。
南原は<新憲法の理念は政治哲学の観点からみて高邁すぎる。日本人には支えられるものではないだろう>というようなことを言ったという。大内は<社会党が政権の座に着いたら自衛隊を認めるしかないだろう>というようなことを言ったそうだ。
なかなかおもしろい。どっちの言葉も当たってる。大内の方はそのまま実現した。本書には伊東氏が村山内閣を嘆く文章もおさめられている。

【その他】

鎌倉時代浄土真宗プロテスタントに対応する。仏/神の前に一人ひとりの人間を立たせるという点で。ホントかな。

国税庁の官僚の言葉を紹介している。大蔵百年の不変の原則は「取れるところから取る」。

職務発明対価訴訟

中村修二氏の青色LED事件判決を批判している。発明の対価を独占利潤を元に計算している点。経営者がうまくやらないと独占なんてできないから。特許があっても独禁法違反で独占なんてできないから。
伊東氏は独禁法の適用除外を知らないようだ。スゴイな。経営者の貢献だって考慮に入れてるんだからこの批判はまったく的外れ。

【参照文献】

ジョン・ロールズ『正義論』
ミルトン・フリードマン『選択の自由』
エドガー・スノー『中国の赤い星』
ジョン・ケネス・ガルブレイス『悪意なき欺瞞』
田中角栄日本列島改造論
竹森俊平『経済論戦は甦る』 ※甦るも何もフィッシャーとシュンペーターの間には論争はなかったと批判
畑村洋太郎『失敗に学ぶものづくり』
宮崎義一『複合不況』
高橋伸夫虚妄の成果主義