賠償請求書に「一切異議申し立てぬ」:この条項が入ったままでも消費者契約法で取り消せる可能性はある

現実

日経新聞より。http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9C9381949EE0E4E296988DE0E4E2EBE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;bm=96958A9C93819481E0E4E2E2998DE0E4E2EBE0E2E3E39790E3E2E2E2

賠償請求書に「一切異議申し立てぬ」 東電、署名求める 文言は削除へ
2011/9/26 17:01
 枝野幸男経済産業相は26日午後の衆院予算委員会で、福島第1原子力発電所事故を巡り東京電力が作成した損害賠償の請求書類に関して「合意書・示談書の中に『一切の異議・追加の請求を申し立てない』という文言があり、それに署名をさせようとしている、署名をさせているとの情報が入った」ことを明らかにした。
 そのうえで「その文言を削るよう、事務方に東電への申し入れを指示をしたが、東電側から『もう印刷して配っている』との返事があった。これから(被災者に)署名させないように対応するよう、副社長に伝える」との方針を示した。
 書類作成を巡っては「(経産相に)就任した段階で危惧はあったが、東電には今回の事故についての政府と同様の社会的責任を感じてもらえてないことがわかった。形式的に民間企業なので、国が手取り足取り全部やることは想定していなかった。(今後は)少なくとも、現行法上で最大限できる範囲内で直接的に東電の行動を監視していきたい」と述べた。
 参考人として出席した東京電力(9501)の西沢俊夫社長は、文言について「非常に誤解を招くという形もあるので削除の方向で見直す」との考えを示した。
 自民党吉野正芳氏への答弁。〔日経QUICKニュース〕

東電が損害賠償請求の書類に『一切の異議・追加の請求を申し立てない』という免責の文言を入れており、枝野経産相がその削除を指示したという記事。
2ちゃんまとめサイト経由で知った。http://hamusoku.com/archives/6096931.html

抽象と現実

以前のエントリで書いたのと同じく「取引費用がかかってるな」という印象を受ける。
枝野氏は「東電の行動を監視していきたい」と言っているが、監視するのにかかるコスト(モニタリングコストと呼ぶ)は取引費用の一種である。
上のエントリで<東電を国有化すれば、取引費用は削減できる>と書いたが、枝野氏の「形式的に民間企業なので…現行法上で最大限できる範囲内で」というのは「国有化していないので取引費用がかかる」と同じことを言っていると解釈できる。


あとは消費者契約法を思い起こした。本件のような「合意書・示談書」にも消費者契約法は適用されると思われるので。消費者契約法の適用対象は「消費者契約」だが、これは法上、次のように定義されているので。

2条3項 「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
2条1項 「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2条2項 「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H12/H12HO061.html

また消費者契約法の趣旨は<事業者と消費者の構造的格差をパターナリズムに基づき是正する>こと。ここで構造的格差とは、例えば情報の非対称性*1交渉力の格差(1条)。よって本件のような事例は、まさに東電と被害者の間に構造的格差があり、消費者契約法が是正しようとするものだ。

1条 この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに、[…]

示談書に『一切の異議・追加の請求を申し立てない』という文言を入れること自体は一般的だと思う。しかし、契約締結過程に問題があれば、消費者契約法により消費者(被害者)に取消権が与えられる(4条)。裁判で争えば、裁判官は空気を読んで(法学では「社会通念に照らして」と言う)被害者の取消しを認めてくれるかもしれない。
まあ本件の場合、契約締結過程に政府(枝野氏)がパターナリズムに基づき介入しまくっているので、消費者契約法の出番はないだろう。ただ仮にこの条項が入ったままの「合意書・示談書」に署名されても、そのまま有効になるとは限らないということだ。

4条 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる

ただ消費者契約法で取り消すのも取引費用がかかる。取引費用の問題を根本的に解決する方法は、やはり東電の国有化だろう。

*1:情報の非対称性という経済学の概念が取り入れられている理由には消費者契約法が新しい法律(2000年)だからというのもあるだろう。