河野太郎「東電の値上げは断れます」は問題:ダブルスタンダードによる取引コストを考慮してない

河野太郎氏のブログより。
「東電の値上げは断れます」
http://www.taro.org/2012/03/post-1174.php

東京電力が、4月1日から電力料金を上げたいという手紙を、契約者に送っている。

具体的には、ビル・工場などの特別高圧(標準電圧20,000ボルト以上)および高圧(標準電圧6,000ボルト以上)で電気を契約している事業所が対象だ。[・・・]

受け取った企業もいると思うが、結論から言えば、これは断れる
[・・・]
もし、東京電力から料金値上げの手紙が来たら、その手紙に出ているあなたの現在の契約期間が終了するまでは、値上げに応じる必要はない。

なぜ断れるか?「断れない」という例外規定(特別法)がないからだろう。すると契約自由の原則に戻る。
なぜ原則に戻るかと言えば、電力供給契約も東電と顧客企業の私人同士の一般の契約だからだ。

原発派の河野氏が「断れる」と情報を広めるのは自由だが、これが全体最適には資さないと思われるので問題だ。河野氏全体最適を担う政治家であることからも問題だ。
なぜ全体最適に資さないかというと、取引コストが発生するからだ。以前のエントリ(「東電 実質国有化へ:賠償スキームと送発電分離案」)で、今のまま賠償を進めても取引コストが無駄にかかるだけだから早く国有化すべきだ、と書いたがこの件はまさに取引コストの例。

「ご了解いただけなければ折衝させていただいて、了解を頂ければ新料金にする」とのことだ。
[・・・]
そして、「東京電力から全てのお客様に電話をかけてご了解を頂く作業をしているところ」

全ての顧客企業と個別に交渉するということだろう。「ビル・工場などの特別高圧(標準電圧20,000ボルト以上)および高圧(標準電圧6,000ボルト以上)で電気を契約している事業所」って全国にいくつあるんだか。こんなことに東電社員の人件費を使うなら被災者への賠償に少しでもまわしてあげるべきなのに。もちろん人件費は総括原価方式ですべて電気料金に跳ね返ってくる。


以前のエントリでも言及したが根本的な問題は東電のダブルスタンダードだ。ここでダブルスタンダードとは、両立不可能な基準の適用を機会主義的に主張すること。
東電の場合は、これだけの災害を起こし、実質的に政府の公益事業のようになりながら、形式的には民間企業のままだということ。民間企業なら実質経営破たんしているわけだから倒産法にのっとって株主責任・債権者責任を追及すべきだ。公益事業なら国が立法により顧客企業との個別の交渉なんかせずに電気料金を徴収すべきだ(取引コストが削減される)。


河野氏飯田哲也佐藤栄佐久河野太郎『「原子力ムラ」を超えて』(2011)で東電のダブルスタンダードを批判している。まさに今回の契約と同様の需給調整契約(電力の需給が逼迫したとき大口需要家への電力供給を低減する契約)について河野氏はこう書いている。

経産省は[・・・]この需給調整契約は東京電力と契約者の民間契約なので、この契約に基づいた供給抑制については公表できないなどという。[・・・]原子力発電関係でもよく見られる「国策」と「民間事業者の商業行為」の使い分けだ。(p.71)

ここまで書いている人なんだから、取引コストを増大させるような情報を広めるよりダブルスタンダードをどうにかする方向に力を使って欲しいものだ。

【追記】

この例に見るような部分最適全体最適の不一致は社会科学上重要な概念だと思う。重要なので本ブログでも何度も取り上げている。また重要なのでいろんな分野でいろんな名前で呼ばれている。経済学では合成の誤謬社会心理学では社会的ジレンマ、生物学に由来するコモンズの悲劇という言葉も経営学や政治哲学などで使われる。ゲーム理論囚人のジレンマ部分最適全体最適の不一致の例としてよく挙げられる。

「原子力ムラ」を超えて ポスト福島のエネルギー政策 (NHKブックス)

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