出版社に原版権を・・・業界、法整備目指す:新たな著作隣接権を与えるとどうなるか?

読売新聞より。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20120329-OYT1T00724.htm

出版社に原版権を…業界、法整備目指す
電子書籍時代に対応した著作権や出版権のあり方を検討するため、大手出版社、作家、超党派の国会議員で作る「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長=中川正春防災相)が、「出版物原版権」という新たな権利の創設を目指すことで合意した。


 電子書籍の違法コピーに対し、出版社は訴訟を起こすことができないなどの不備を改め、普及を促すことが目的だ。


 電子書籍は一瞬で大量にコピーすることができるため、いわゆる「海賊版」が横行しやすい。しかし、著作権法が認める出版社の出版権は電子書籍を想定しておらず、違法コピーが出回っても著作権者である作家が自ら訴訟を起こすしかないのが現状だ。


 新たに創設を目指す「出版物原版権」は、作家の著作権を100%保護したうえで、紙の本や電子書籍という形に加工した「原版」に対する権利を、追加的に出版社に与えるという枠組みをとる。具体的な中身は、原版を〈1〉複製する複製権〈2〉インターネット上に展開する送信可能化権〈3〉複製物の譲渡によって公衆に提供する譲渡権〈4〉貸与によって公衆に提供する貸与権――などからなる。こうした権利を出版社に与えることで、出版物原版権のない業者がインターネット上に海賊版を出せば、出版社が削除を求める訴訟を起こすことが可能となる。


(2012年3月30日07時38分 読売新聞)

新しい記事が出たので「なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか?」というエントリーのフォローを。著作権者(利益団体)と政治家が「『出版物原版権』という新たな権利の創設を目指すことで合意した」という記事。この「出版物原版権」が以前のエントリで書いた著作隣接権に当たると思われる。本記事は新たな権利の内容に言及しているので抜き出してみると・・・

  1. 複製する複製権
  2. インターネット上に展開する送信可能化権
  3. 複製物の譲渡によって公衆に提供する譲渡権
  4. 貸与によって公衆に提供する貸与権


この内容はまさに著作隣接権のような内容。このような権利の内容を前提とすれば、以前のエントリで触れた著作権法90条に基づきマンガ家の赤松健氏と小学館の前田一聖氏の論争に答えが出る。

  1. 電子化するとき、一つ一つの作品ごとに契約を結ばなくてもよくなるので、スピーディに電子化できるか?
  2. 昔のマンガを、他の出版社で再刊行したいとき、前の出版社に妨害されないか?

1.についてはYES。2.についてはNOとなるだろう。


このような新たな権利を出版社に与えるとどうなるか。著作権法90条により著作者(作家・マンガ家など)と出版社はともに独立して権利行使可能となる。よって第三者(再刊行しようとする他の出版社)は著作者と出版社の両方の承諾を取らないとその著作物(電子書籍)を利用できなくなり、権利処理が複雑になるだろう。アンチコモンズの悲劇と呼ばれる問題だ。
記事では新しい権利を与える理由として「電子書籍の違法コピーに対し、出版社は訴訟を起こすことができない」などと書いてあるが、これは誤りだろう。出版社が契約により著作物の複製権を持っているのが普通だからだ。他の送信可能化権、譲渡権、貸与権についても同様だろう。つまりわざわざ小説やマンガの著作権とその電子書籍著作隣接権を別に設ける必要はないし、却って問題があると考える。なお、記事を読むと電子書籍だけではなく紙媒体についても権利を及ぼそうとしているのでこの意味でも誤り。


そもそもなぜ著作隣接権が認められるかといえば、実演家(例えば、歌手)のように原著作者(例えば、作曲者)の著作物に創作性を付け加えていると考えられるためだ。
では電子書籍における出版社の創作性がどの程度あるか。実演家より小さいことは確かだろう。レコード製作者と比べても大きいかあやしい。例えば、小説の電子書籍化において1行当たりの文字数とか1ページあたりの行数を変更することにどれほどの創作性の付加があるか疑問だ。


ということで全体的にみて、このような権利(原版権)を出版社に与えるべきではない。