なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか?:著作権法第90条の簡単な解説

最近、著作隣接権が話題になっています。

なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか | 赤松健の連絡帳
http://kenakamatsu.tumblr.com/post/19395239269/rinsetsu

なぜ出版社は著作隣接権を欲しがるのか?に対する小学館M田さんによるコメント
http://togetter.com/li/274017

今回は著作権法90条について簡単に言及しておきたいと思います。教科書を調べて書いたわけではなく手持ちの知識で書いたメモですが。

1.著作権法第90条の簡単な解説

第九十条  この章の規定は、著作者の権利に影響を及ぼすものと解釈してはならない。

この条文の一般的な解釈(だと私が考えるもの)は

著作権者と著作隣接権者は互いに独立して自身の権利を行使できる

ということです。独立して自身の権利を行使するというのは、

  1. 互いに自由に自分で利用できる
  2. 互いに自由に第三者の利用を妨げられる

ということです。「妨げる」というのは「『侵害だ』と言える」ということです。「第三者」というのは簡単に言えば海賊版でしょう。
「自分の権利なのに自由に行使できない場合なんてあるのか」と思われるかもしれませんが、例えば権利が共有の場合は自分の権利でも自由に行使できません(著64、65条)。
また90条の文言を見ると「著作権者優位」のように読めますが、実際は著作権者と著作隣接権者は独立対等と解釈するのが一般的だと思います。例えば、次のような裁判例があります。BRAHMAN事件(知財高判H21.3.25)。

被告は,演奏家は,当該楽曲の著作権者に演奏契約上の顕著な違反又は人格権の侵害がない限り,当該楽曲の著作権者の意向に反して,著作隣接権の行使として,演奏を固定したレコードの製造の差止めを求めることはできないと主張する。
 しかし,演奏したことにより有する演奏家著作隣接権と著作したことにより有する著作権とは,それぞれ別個独立の権利であるから,演奏家著作隣接権が,当該レコードに係る楽曲について有する著作権によって,制約を受けることはない。実演家は,当該楽曲の著作権者等から演奏の依頼を受けて演奏をした場合であっても,著作隣接権に基づいて,当該楽曲の著作権者に対して,当該演奏が固定されたレコードの製造,販売等の差止めを求めることができることは明らかであり,被告の上記主張は,主張自体失当である。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090327115003.pdf

2.「なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか?」

今回話題になっている出版社の著作隣接権が何かハッキリしないので、仮に電子化に関する著作隣接権であるとして話をします。

赤松氏の「なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか?」という問いに対する答えは次の二つでした。

これは、出版社に著作隣接権が自動的に発生すれば、

  1. 電子化するとき、一つ一つの作品ごとに契約を結ばなくてもよくなるので、スピーディに電子化できる。(=出版社が速やかに電子書籍を作れれば、作家も儲かるはず)
  2. 海賊版を訴えるときに、いちいち作者に確認しなくても、出版社の判断で訴えることが出来る。(=出版社が作家の代わりに海賊版をドンドン訴えてあげれば、作者も喜ぶはず)

これに対し小学館の人のコメントは1.については、

「電子化するとき、一つ一つの作品ごとに契約を結ばなくてもよくなる」ってのが、「電子書籍を販売するときに契約を結ばなくても」という意味ならダウト。そんなわきゃない。

2.については、

「昔のマンガを、他の出版社で再刊行したいとき、前の出版社に妨害されない?」→そんなことをする権利を著作隣接権は認めていません。


どちらが正しいか考えてみます。上の解釈にしたがうなら、1.については電子化可能つまり赤松氏が正しいとなるでしょう。
一方、2.については簡単に答えが出ません。不明だが、小学館の人が正しくなる可能性が高いとなるでしょう。仮に出版社に与えられる著作隣接権著作権者が利用許諾することについての同意権が与えられるなら、著作権者が前の出版社の同意を得ず他の出版社にした利用許諾は無効ということになり、前の出版社は再刊行を妨害できる場合があると思います。ただ、現在すでにあるレコード会社やテレビ局の著作隣接権にこのような同意権は認められていないので出版社にも認められない可能性が高いと思います。よって上の答えになります。
なお、同意権が著作権法で与えられなくても前の出版社が著作権者を契約でしばることはできます。この場合、契約に反して再刊行しても著作権侵害にはなりませんが。でも、この話はこの程度にしておきます。

3.著作権法自体の問題

あとこの90条が引き起こす問題について著作権法の重要な問題なので言及しておきます。その問題とはアンチコモンズの悲劇と呼ばれる問題で、権利が乱立して著作物が活用されなくなってしまうことを言います。権利処理が難しくなるということです。この問題の例は孤児著作物で、例えば昔のテレビ番組の一部に使われた音楽の著作権者の居所が不明なので番組自体が再放送できないとかそういった問題です。
赤松氏も指摘されています。

権利を持つ人数が増えるので、逆に面倒が起こりやすくなる。

著作権法の目的は「文化の発展」(著1条)ですが、そのための「文化的所産の公正な利用」(同)を妨げるのがアンチコモンズの悲劇です。「著作者等の権利の保護を図[る]」(同)のは重要でしょうが、これだけ権利の種類が多いのは知財法的にも特殊(異常)ですし「もっと整理できないものか」と個人的には思います。なので出版社に電子化についての著作隣接権を認める法案が仮にあるとしたら反対です。