「放射能つけた」発言:政治は結果責任 道徳は要らない

現実

日本の現実から考えれば、このような発言がこのような批判につながるのは誰でも予想がつくことだろう。
ドラゴン松本の復興相辞任など、このような例はいくらでもある。

抽象

理論的に考えれば、このような批判はまったく馬鹿げている。<政治が結果責任>というのは常識に属することだろう。二つ目の記事で野田首相が言っているくらいだ。
では<政治が結果責任だ>ということはどういうことか。昭和の最大の政治学者(政治思想史家)といえるであろう丸山眞男(1914-1996)は『現代政治の思想と行動』(1957)で次のように言っている。

小市民的道徳の大胆な蹂躙の言葉は未だ嘗てこの国の政治家の口から漏れたためしはなかった。

この文は丸山眞男の教えを受けた小室直樹田中角栄の呪い』(1983)からの孫引きだが、(小室氏の解釈によると)丸山は<政治家は結果責任を負うのであり、"小市民的"な道徳とは無関係だ>と主張していた。小室氏は、この丸山の主張に基づいて田中角栄金権政治を擁護していた。小室氏の丸山解釈によれば、政治家に道徳を求める日本人の態度は儒家の影響に過ぎない。政治思想史の本流は政治家に道徳など求めない商鞅韓非子などの法家の思想。これはマキャヴェリも同じ。

現実と抽象

ということで政治思想史の見地からは「死の町」や「放射能をつけたぞ」などの"小市民的"な道徳に反する発言は問題がない*1。「経産相としてではなく人間として不適格」などという批判はまさに「道徳を問題にしてます」と白状するようなものだろう。「予算委員会」で道徳について議論するのは止めてもらいたい。

この問題は次のような問いに置き換えて考えられる。「道徳は守るが結果責任を果たせない政治家と道徳は守らないが結果責任を果たす政治家とどちらがいいか?」という価値判断を問うものだ。ここで結果責任とは日本の社会厚生最大化(最大多数の最大幸福)と考えればいいだろう。典型的なコミュニタリアンなら前者、典型的な功利主義者なら後者と答えるだろう。過去の主な政治思想家は後者と答えた。
なお、大臣の道徳違反に対して野党が決まって持ち出す「首相の任命責任」という批判も自分としてはかなり気に食わない。

2chまとめサイトでも話題になっていたが、結果責任という観点はないようだ。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1662498.html

田中角栄の呪い―

田中角栄の呪い―"角栄"を殺すと、日本が死ぬ (カッパ・ビジネス)

※小室氏は田中角栄の遺言』(1994)で本書と同じ主張を繰り返し書いている。『田中角栄の遺言』は『日本はいまだ近代国家に非ず』(2011)として復刊されている。ただ『田中角栄の遺言』と『田中角栄の呪い』のどちらがいいかといえば「呪い」だ。
日本いまだ近代国家に非ずー国民のための法と政治と民主主義ー

日本いまだ近代国家に非ずー国民のための法と政治と民主主義ー

田中角栄の遺言―官僚栄えて国滅ぶ

田中角栄の遺言―官僚栄えて国滅ぶ

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

毎日新聞より。http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110910k0000m010158000c.html*2

鉢呂経産相:「放射能つけた」発言 野田政権に強い打撃
 鉢呂吉雄経済産業相が、東京電力福島第1原発の周辺市町村を「死の町」と表現したり、記者に「放射能をつけたぞ」などと発言した問題で、政府・与党内では厳しい見方が広がった。
[…]
 鉢呂氏の一連の発言に対し、野党は一斉に猛反発しており、辞任は当然との声が相次いだ。
 自民党石破茂政調会長は取材に対し「経産相としてではなく人間として不適格で、間違いなく辞任だ。首相の任命責任と言うより、民主党の責任だ。一川保夫防衛相や平野博文国対委員長の問題発言と合わせ、予算委員会で追及する」と非難した。
 自民党逢沢一郎国対委員長は「大臣として不適格で、そういう人を任命した首相の責任は問われる」と声を上げた。
[…]
毎日新聞 2011年9月10日 2時30分(最終更新 9月10日 2時46分)

時事通信より。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201109/2011090600701

官僚に協力呼び掛け=「政治家が結果責任負う」−野田首相
 野田佳彦首相は6日午後、首相官邸で各府省の事務次官を集めて訓示した。
[…]
 首相はまた、当面の課題として東日本大震災の復旧復興などを挙げた上で、「選挙を通じて公に入ってきた政治家は最終的には結果責任を負い、政権を降りなければならない。皆さんが存分に力を発揮していただいた結果は私たちが受け止める」と強調した。 
 「政と官」の在り方に関し、藤村修官房長官は午後の記者会見で、震災後に設置された各府省事務次官による連絡会議について「引き続きお願いする」と述べ、野田政権でも定例化する方針を明らかにした。菅政権時代と同様、藤村長官も同会議に出席する意向だ。(2011/09/06-19:01)

*1:日本の現実ではもちろん問題だが。

*2:こちらもほぼ同じ記事http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110910k0000m010154000c.html