TPP著作権問題:非親告罪化は警察のノルマ稼ぎ逮捕につながるおそれ

以前のエントリで紹介したシンポジウムの記事。ニコニコニュースより。

TPP参加でコスプレや二次創作が罪に問われる可能性
[…]八谷和彦氏は、「(著作権法が)非親告罪化したら、警察が摘発の判断をすることになるのが怖い。"エロ"とかが入っているものは、途端に厳しくなるのでは。コスプレも警察が『ダメ』と判断すれば、摘発される可能性がある
[…]
津田大介氏が「(非親告罪化されたとしても)知財事件では被害届がでなければ、警察は動かないのでは」という視聴者の意見を紹介。これに対し福井[健策]氏は、被害届が出ていなくても警察が著作権法違反の摘発をするケースがすでにあるとし、非親告罪化されると摘発がさらに強化される可能性を示唆した
http://news.nicovideo.jp/watch/nw142747

1.結論

この記事の問いは「非親告罪化によってコスプレや二次創作で逮捕等されるか?」だ。
私の答えは福井氏と同じで「非親告罪の今でも告訴なしに著作権法違反で逮捕・勾留・取調べ等される可能性はあるし、非親告罪化されれば可能性が高まる」だ。
八谷氏の発言は「摘発」の意味しだいだが*1、誤っていると思う。なぜなら今でも告訴なしに逮捕等されうるから。「非親告罪化で同人誌・二次創作が壊滅云々」と騒いでいる人たちはこの辺りが分かっているのか疑問だ(こことかこことか)。「今でも警察しだいだよ」ということ。
細かいことを言えば福井氏の「被害届」というのも誤りだろう。被害届の提出では親告罪の公訴提起に必要な告訴に当たらないため*2

2.なぜ非親告罪の今でも告訴なしに逮捕等されるのか?

なぜなら親告罪とは告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のことだから。逮捕等の捜査は公訴を提起するか判断するための手段だから告訴は不要なのである。ただし実際問題としては非親告罪の方が親告罪より告訴なしに逮捕等される可能性は低いといえるだろう。

3.なぜ非親告罪化されれば可能性が高まるのか?

なぜなら警察内の各部署・各警察官が自分たちの実績を上げるために扱いやすい事件として著作権違反を利用する可能性が高まるから。このような実績稼ぎは従来から行われている。著作権侵害もその実績稼ぎの材料になる可能性がある。著作権侵害親告罪であって起訴できなければ、起訴のための手段である逮捕等も実績稼ぎになりにくいだろう。しかし非親告罪化されれば実績稼ぎの材料になりやすいだろう*3


警察の実績稼ぎの例を魚住昭・大谷明宏・斎藤貴男三井環ほか『おかしいぞ!警察・検察・裁判所』(2005)から紹介する。
大谷氏によれば、自動車警ら隊は仕事が減っており、組織を維持するために架空の犯罪をでっち上げている。また大谷氏は「強化月間を止めたほうがいい」という。ゴミの放火犯なんか「10件やった」と自白すると100件くらいやったことにする。発生件数より多くなることもあるそうだ(笑)。他にも交通安全月間での水増しとか。
元検事の三井氏によれば、例えば、外国から要人が来る場合、警察は事前に公安がマークした危険人物を逮捕・勾留するという。事件はでっち上げるそうだ。実際に三井氏も2年間で10回ほどやったと告白している。本人の体験談なので信頼性が高い。
このように、警察の過去の行動を考慮すれば、実績稼ぎのため著作権法違反で逮捕という可能性は十分あると言えるのではないか。なお、実績稼ぎには上で述べたノルマ稼ぎだけでなく別件逮捕も含まれるだろう。

4.なぜこのようなノルマ稼ぎの逮捕等が起きるか?

警察という組織の行動規範が<組織ピラミッドの上から下へ順々に割り当てられたノルマを達成する>というものだからだろう。前掲『おかしいぞ!警察・検察・裁判所』で警察問題を扱ってきた清水勉氏(弁護士)もそのような発言をしている。

5.このようなノルマ稼ぎの逮捕等は悪か?

このような逮捕等自体はまったく法律の予定する行為なので悪とはいえない。しかし、ほとんどの人は『おかしいぞ!警察・検察・裁判所』の題名どおり「おかしい!」と感じるのではないか。自分もまったく「おかしい!」と思う。「おかしさ」の根本的な原因は上に述べた警察のノルマ制だが、法律も同様に「おかしい」のではないか。
以前、著作権法の泰斗である中山信弘氏(東大名誉教授)が「私だって著作権を侵害したことがある」と述べていたが、「じゃあ誰だって警察しだいで逮捕されていいのか?」という問題だ。この問題は今でもある。非親告罪化によって「悪化するだろう」ということだ。少なくとも悪化させないためにも、やはり著作権侵害非親告罪化は反対せざるを得ない*4


【関連エントリ】


【追記】

1.こちらのブログで中山氏の審議会での発言が紹介されていたのでコメントしておきたい。

特許権は先年、これを非親告罪にしたわけですけれども、非親告罪にしたから何か変わったかというと全く変わっていないんです。[…]ただ、著作権は特許と比べますと侵害の範囲が広いというか、あいまいな面が多いわけです。
http://d.hatena.ne.jp/heatwave_p2p/20111115/p1

特許と著作権における違いは、侵害の成否の曖昧さよりも、侵害者の違いが大きい。特許権侵害をするのは大部分が企業だが、著作権侵害をするのは一般人だ。よって非親告罪化の影響は著作権の方が俄然大きい。なお、従来から特許権侵害においては刑事事件に発展することはほとんどない。

2.著作権法学者の島並良氏(神戸大)のつぶやきがまったく同感なので引用しておく。

著作権法は、国民の多くが無意識で(著作権法の知識なく)侵害行為に及んでいる弛緩した法制度、そして専門家でもケース毎に侵害の成否判断が割れるような予測可能性の低い法制度である。親告罪に留めることで、ようやく刑事罰の適正な運用が何とか担保されているのでは。
http://twitter.com/#!/shimanamiryo/status/134102576542130176
逆に言えば、誰でも著作権侵害だと意識しており、またその判断も容易で明確なケースに限って、非親告罪化することは充分にあり得る選択肢だろう。たとえばデッドコピーによる海賊版の販売(業としての譲渡)のみを非親告罪化する、という改正(そして通商交渉)はあって良い。
http://twitter.com/#!/shimanamiryo/status/134100915467730944

*1:「摘発」とか「検挙」といった法律にない言葉は曖昧なので、あまり使うべきでないと思う。しかしマスコミはこういう曖昧な言葉が大好きだ。

*2:福井氏の正しい発言を記者が改変したのかもしれない。

*3:非親告罪であっても警察が被害者に告訴状を書いてもらうという方法もあるだろう。実際に行われているか知らないが。

*4:もちろん最後は条文次第だが。