ポジティブ・フィードバック、ネガティブ・フィードバックとは何か?

先日、夏野剛『i Phone vs. アンドロイド』についての読書メモを載せた。この本の解説を書いていたまつもとあつし氏本人と思われる方にそのエントリをブックマークしていただいた。そのエントリで解説については夏野氏のポジティブ・フィードバックとネガティブ・フィードバックという言葉の誤用のことを書いていた。なので「もし内容に間違いがあればお詫びして訂正しないと」と思い、ポジティブ・フィードバックとネガティブ・フィードバックについてネットで簡単に調べてみた。結論としては基本的には訂正の必要はないという認識をもった。ただし表現を改めた。具体的には「バカげている」を本来の意図通りの表現(根拠が命題を支持するというよりむしろ否定する、という意味の表現)に修正した。


以下、調べてみた結果。自分よりもキツイ表現(「こんな使い方をしているビジネスマンや○○心理学者には,反吐を吐きたいと思う」)をしている研究者の人も(下記2.参照)。

1.wikipedia

フィードバック (feedback) とは、ある系の出力(結果)を入力(原因)側に戻す操作のこと。元来はサイバネティックスの用語であり、生物の恒常性や多様性を支えるしくみから見出された。システムの振る舞いを説明する為の基本原理として、エレクトロニクスの分野で増幅器の特性の改善、発振・演算回路及び自動制御回路などに広く利用されているのみならず、機械系や生物系、経済などにも広く適用例がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF

ポジティブフィードバック(正帰還)は、出力の一部を入力へ同相のまま戻す(帰還する)ことをいう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF

経済におけるフィードバック
収益逓減が負のフィードバック、ネットワーク外部性や収益逓増などが、正のフィードバックである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF

ノーバート・ウィーナーによって考案されたサイバネティックス(や制御工学)の概念だとちゃんと書いてある。複雑系人工知能研究など計算機科学の流れから生まれたものでもあるのでウィーナーの影響があるのだろう。後から振り返るとウィーナーの数学+生物という考えはとても複雑系らしい。

2.辻竜平氏

信州大学の辻竜平氏のブログ記事「とんでも科学:ポジティブ・フィードバック,ネガティブ・フィードバック」より。
この記事からたどるとグロービス・マネジメント・スクールという経営の学校のサイトに次のような定義がある。

ポジティブ・フィードバック
カテゴリ:人的資源管理
positive feedback

(1)被評価者の意欲や能力が良い方向へ増幅されるフィードバック
(2)被評価者にとって望ましい内容のフィードバック。


ポジティブ・フィードバックは、もともとの工学的な用法を踏まえると、(1)の意味で用いるほうが正確であるが、一般に(2)の定義で用いられることが多い。
例えば、「期待以上にがんばった」「給与を大幅に上げよう」などである。

(2)の意味でのポジティブ・フィードバックは、和やかな雰囲気で行われることが多く、また摩擦も生まれにくい。
一方で、往々にして意欲や能力のさらなる向上につながらない場合も多いため、伝え方の工夫が求められる。
http://gms.globis.co.jp/dic/00930.php

ネガティブ・フィードバック
カテゴリ:人的資源管理
negative feedback

(1)被評価者の意欲や能力が望ましくない方向へ増幅されるフィードバック
(2)被評価者にとって望ましくない内容のフィードバック。


ネガティブ・フィードバックは、もともとの工学的な用法を踏まえると、(1)の意味で用いるほうが正確であるが、一般に(2)の定義で用いられることが多い。
例えば、「期待以下のパフォーマンスだった」「降格してもらう」などである。

(2)の意味でのネガティブ・フィードバックは、被評価者にとって聞きたくない内容であり、意欲をそぐ可能性も高いため、ポジティブ・フィードバックに 比べ、伝えるのが非常に難しい。人格攻撃しないのはもちろん、厳しい内容を伝えながらも期待を示す、常日頃密なコミュニケーションをとっておくなどの工夫 が求められる。
http://gms.globis.co.jp/dic/00851.php

この定義は"良い方向・悪い方向へ増幅されるフィードバック"という点では夏野剛氏の解釈である「好循環」「悪循環」と同じ意味と言える。人事考課のコメントをフィードバックと呼んでるので「被評価者の意欲・能力」に限定しているのだろう。

この定義について辻氏は次のように書いている。まずポジティブ・フィードバックについて。

これが元凶か,これを引用したページが非常にたくさんある.

私の見解としては,というか,システム論について知っているならば,(1)も(2)も本来的な使い方ではなく,相当な誤解を含んだ使われ方であることがわかると思う.
(2)が嘘なのは,別に「良い方向へ増幅される」だけでなく,悪い方向に増幅されることだってあるということである.(2)が嘘なのも(1)と同様で,わざわざ「(1)の意味で用いるほうが正確」などというほどのことでもない.どちらも本来的に嘘であるから.
本来的には,良いとか悪いとかいうことには関係のない概念である.
まあ,ビジネスとか心理学の業界の人たち(このように括るのは心苦しいので,そのうちの心ない人たちとでもすべきか)が,何かもっともらしい意味で使い始め,知らぬ間にそれらの業界では標準的な意味として定着してしまったのかもしれない.

次にネガティブ・フィードバックについて。

ここまで来ると,完全に嘘である.ネガティブ・フィードバックによって「増幅」が起こるとな(爆).よくもまあぬけぬけと,こんなひどい嘘が書けたものである.こんな使い方をしているビジネスマンや○○心理学者には,反吐を吐きたいと思う.何が「もともとの工学的な用法を踏まえると」だ.どこをどう踏まえたらそんなことになるのだ.全く話にもならない.失笑を買うだけである.これでは,工学を含め自然科学の研究者と,ビジネスや心理学の心ない人たちとの対話はほとんど不可能ではあるまいか.
[・・・]
結局,ウェブ上では,社会科学におけるポジティブ・フィードバックの好例を引くことを諦めてしまった.

3.西村和雄氏

上記2.の辻氏の意見は経済学というより社会科学一般についてのもの。経済学に特化して言及されているものとして、京都大学の西村和雄氏の論考「複雑系経済学とは何か」を見つけた。

「コンピューター・ソフトの市場におけるマイクロソフトは、収穫逓増によって市場を支配し、一旦、市場を支配するとそれが固定化されるロック・イン、また、強いものが益々強くなるポジティブ・フィードバックの例である」とは、アーサーによる議論です。
http://www.iic.tuis.ac.jp/edoc/journal/ron/r2-3-3/r2-3-3d.html

このアーサーは私が先日のエントリでふれたサンタフェ研究所のブライアン・アーサーのこと。