新制度論・新制度学派とは何か?

このブログで新制度論という言葉を何度か使ってきた(こことかここ)。また新制度論という言葉を使わなくとも新制度論に基づいてニュースを分析したエントリが多かった(こことかここ)。今回はこの新制度論について書いてみたい。

●「新制度論」と「新制度学派」

まず新制度論は政治学における用語だ。経済学では新制度学派、新制度派経済学、組織の経済学などと呼ばれる。
政治学の新制度論は経済学の新制度学派の成果を流用したので、新制度学派と呼ぶべきかも知れないが、自分としては新制度論という言葉を使っている。短いし。

●新制度論とは何か?

さて新制度論の定義は何か。様々な定義が提案されているだろうしどれが最も適切なのか知らないが、自分は大雑把に次のように考える。
新制度論は次のように制度をとらえる立場である。制度というルールがあり個人という複数のアクターがいる。各アクターはそれぞれ自分の目的をもっている。各アクターは制度に制約されながら自分の目的を達成するために最も合理的な行動を選択する。アクターの行動は相互に影響しあう。そして互いの影響の下、アクター全員が自分の目的達成にベストな行動を選択した状態で安定する。この状態が再び制度となる。
ポイントとしては第一に合理的個人主義を採用していること。合理的個人主義というのはホモエコノミクス(経済人)のような合理的な個人を想定するということ。
第二にアクターの行動が相互依存的であること。これは戦略的環境ともいえる。つまりアクターは互いの行動を予想しながら自分の行動を選択するような環境だということ。
第三に制度とアクターの行動が相互依存的であること。言い換えると、制度がアクターの行動を制約し、アクターの行動が制度に反映されるということ。
この3つのポイントはゲーム理論のポイントでもあり、新制度論は方法論としてゲーム理論に依拠する部分が大きいといえる。

●総合的社会科学としての新制度論

ゲーム理論は経済学だけでなく政治学、生物学、心理学、経営学など幅広い分野に応用されている。新制度論・新制度学派はこれらのゲーム理論の応用分野において統一的な理論を提供しうる理論だと思う。よって小室直樹氏のように総合的社会科学が念願である自分としては、総合的社会科学に最も期待できる理論として新制度論・新制度学派に注目しているということだ。

小室直樹氏の最も重要な問題関心は<日本はまだ近代化していない>というものだったと思う。小室氏は近代化のために何が必要かと考え、その答えが総合的社会科学だった。社会科学の一般理論のようなものだ。
この総合的社会科学は小室氏の師である森嶋通夫(1923-2004)氏(LSE名誉教授)の最重要問題関心を受け継いだものだろう。森嶋氏の国際的に評価された主な業績の一つはカール・マルクスの経済学を新古典派経済学で説明した研究だろう。このようにマルクスには経済の外にある社会(≒制度)全体を扱おうという明確な意識があった。それに対し新古典派経済学は社会の要因を与件として経済分析の外に置いた。このような新古典派経済学批判は何度も繰り返されてきた。その一つがソースティン・ヴェブレンらの(旧)制度学派(制度派経済学)だろう。新制度学派はゲーム理論を用いることでこれらの新古典派経済学批判を乗り越え経済と社会(≒制度)の相互依存関係を扱おうとしたものといえるのではないか。

●自分が新制度論を知ったきっかけ

自分は小室直樹氏の本を読んで「早く総合的社会科学が出てこないかな」と考えていた。そのうちにたぶん池田信夫氏の本で読んだ経営学モジュール理論(過去のエントリ参照)を経由して青木昌彦氏の本を知り、そこで新制度学派(青木氏の言葉では比較制度分析)を知ったのではないかと思う。そして青木氏の本を読み、さらにノーベル経済学賞受賞の経済史家ダグラス・ノースなどを読んでいった。それとは別に政治学の教科書を読んでいたときに新制度論という学派を知り、これが新制度学派の影響を受けているということを知った。ここで経済学・経営学政治学において同様の方法論で統一的に問題を論じられることが分かった。あとは芋づる式で憲法においてゲーム理論から国家の成立を論じている長谷部恭男氏(東京大)や心理学においてゲーム理論を用いて社会規範の成立を論じている山岸俊男氏(北大)(過去のエントリ参照)などの本に出会い、新制度論は総合的社会科学になる可能性が最も高い理論ではないか、と期待するようになった。
また新制度学派には取引費用プリンシパル=エージェント理論、契約理論など社会制度を分析するのに有効な理論がいくつも用意されており「これは面白い!」と感心した。取引費用研究で有名なロナルド・コースオリバー・ウィリアムソンノーベル経済学賞(それぞれ1991年と2009年に)を受賞した。コースの研究は法と経済学の出発点ともなった。

●参考文献

小室直樹氏がマルクスの問題意識と新古典派経済学への批判とそれに応えようとする青木昌彦氏らの研究に言及している。青木昌彦氏を知るキッカケになった本。経営学
組織の経済学

組織の経済学

新制度派経済学の教科書として最も有名だと思われる。自分も読もうとしたが、恥ずかしながら途中で挫折した。700ページの大著。
人生越境ゲーム―私の履歴書

人生越境ゲーム―私の履歴書

青木氏の自伝。日経新聞私の履歴書」の書籍化。ダグラス・ノースやポール・ミルグロムなどと比較制度分析の研究を進めていく経過などが語られている。前提知識を必要としないため、比較制度分析の雰囲気を知るための最初の一冊としていいのではないか。なにより自伝として非常に面白いのでおすすめ。青木氏は米国留学前は姫岡玲治という名前で全学連の理論家として活動していたりして波乱万丈なのだ。
比較政治制度論 (有斐閣アルマ)

比較政治制度論 (有斐閣アルマ)

上に書いた政治学の教科書の一冊。本書が政治学における新制度論を知るのに最初の一冊として最適だろう。有斐閣アルマシリーズであり読みやすい教科書。