木山泰嗣『弁護士が教える本当は怖いハンコの話』

2011年に出版された本を紹介するシリーズの49冊目。前回の『憲法がしゃべった。』に続いて今回も木山氏。

弁護士が教える本当は怖いハンコの話 (祥伝社黄金文庫)

弁護士が教える本当は怖いハンコの話 (祥伝社黄金文庫)

木山泰嗣『弁護士が教える本当は怖いハンコの話』(2011)祥伝社 ★★★

憲法がしゃべった。』に続いて木山泰嗣氏。新刊が出ていたので読んだ。本書はタイトルどおり「あまり気楽にハンコを押していると大変なことになるよ」というもの。例として、連帯保証契約、宅配便の受領印でクーリングオフ期間が走る、社内稟議書で企業不祥事が起きたときの責任追及、名義貸しをして名目的取締役になったところ責任追及など。


本書の内容は<印鑑は印鑑で表示される者の意思を確認し、証拠として残すもの>とだけ言えば済む話だろう。
内容が無さすぎるという印象。確かに印鑑に関連して法学の話をちらほら書いてはいる。例えば、公正証書、面前調書、無権代理など。しかし、こんな説明をバラバラとされても結局、頭には残らないだろう。


役に立ちそうなものは印鑑の種類や契約書と覚書などといった実際的な話くらいか。これらはほぼすべて第4章に書かれているので、この章だけ読めばいいだろう。証拠法(民訴228条4項)もここで説明されている。


いろいろ文句を書いたが、書き方は相変わらずいいので、すんなり読める。本書は30分あれば読めるだろう。なのでそんなに「損した」という印象でもない。

憲法がしゃべった。?世界一やさしい憲法の授業?

憲法がしゃべった。?世界一やさしい憲法の授業?

なぜ特許は既存市場のパイの奪い合いに使われるのか?:切り餅の特許紛争から考える正しい特許の使い方

ZDNetより。
http://japan.zdnet.com/sp/enterprise-trend/35015537/

切り餅の特許紛争から考える正しい特許の使い方
飯田哲夫 (電通国際情報サービス) 2012年03月27日 12時00分


[・・・]

 では、この特許紛争、なぜ業界内の内輪揉めという印象が強いのか。それは、この特許紛争は必ずしも市場の成長に寄与しないからである。日本経済新聞によれば(3月22日)、2010年の包装餅の市場は492億円でほとんど成長していないという。

 その中で行われる特許紛争は、限られた市場のパイの奪い合いという点において、当事者間にとっては非常に重要な争いである。一方、市場そのものを魅力的なものとはしない、つまり更なる需要を喚起することのないイノベーションは、外部からの強い関心を呼ぶことはない。


 IT業界においては、やはり市場の成長に必ずしも寄与することのない特許の話題が、その規模によってのみ関心を引く。それは、3月23日に報じられた、FacebookによるIBMからの750件の特許取得であったり、昨夏に報じられた、特許の取得を目的としたGoogleによるMotorola Mobilityの買収である。


 これらは、取得した特許によって新しいビジネスを開拓しようというよりは、他社からの特許訴訟に備えて牽制を働かせようというもので、こちらも既に顕在化した市場のパイを奪い合うためのものという色彩が強い。


 特許庁特許法をこのように定義している。

「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」

 つまり、特許によって発明の保護を図ることは、発明から得られる利益を一定期間保護することにあるが、その最終目的は特定の企業のみを利することにはなく、産業全体の発展に寄与することにある。


 それゆえに、保護の側面ばかりが強調され、産業の発達に必ずしも寄与しない特許紛争や特許戦略というのは、本質的な議論とは言い難く、故に当事者以外の関心を呼ばないのである。

[・・・]

本記事は「正しい特許の使い方」なんて大げさなことを言っているが内容は素人丸出しで低レベル。例えば、特許法1条を「特許庁特許法をこのように定義している」と紹介する一文なんて知財法というか法学というか常識で考えて間違いって分かるだろうに。


本記事の主張する「正しい特許の使い方」は「新しいビジネスを開拓する」ために特許を使うこと。しかし、切り餅特許のように現実には「顕在化した市場のパイを奪い合う」ために使われている、と批判している。


もっともな意見だろう。本記事の著者のように知財に縁のない人の当然の感覚ではないだろうか。そこで今回は「なぜ特許は既存市場のパイの奪い合いに使われるのか?」を考えてみたい。


私が考える一つの理由はネットワーク効果だ。ネットワーク効果がある市場では「特許は既存市場のパイの奪い合いに使われる」と言えるのではないか。なぜそう言えるのか。


その前にまずネットワーク効果について少し説明すると、この言葉は経済学の概念で、正の外部効果とよばれるものの一種。なのでネットワーク効果ネットワーク外部性ともよばれる。ネットワーク効果の例としてよく挙げられるのがキーボードのQWERTY配列。キーボードの配列を統一すること自体がキーボードのユーザ全員にとって利益になる。これは標準化がネットワーク効果をもつと言える*1
このエントリではネットワーク効果を「同じような製品・サービスが多数あればその市場自体が盛り上がりその市場の事業者全員に利益があること」の意味で使う。


ネットワーク効果のない市場では、「ある発明をしてそれを特許化し特許の排他的効力により開拓した市場を独占して利益を得る」という特許法の想定する「正しい特許の使い方」がなされ得る。例えば、製薬業界における新薬の開発や新技術をもとに事業を展開しようとするスタートアップなどが該当するだろう。

一方、ネットワーク効果のある市場、例えば、フェイスブック、ヤフー、グーグルなどを含むネットビジネスの市場では違ってくるのではないか。これらの市場の拡大期には、市場者は互いにネットワーク効果の恩恵を受けているため特許による排他的効力で市場を独占しようということが起きにくい。独占してしまうと新市場自体が縮んでしまうおそれがあるためだ。また本業で利益を得ているので特許で金儲けしようと思わないというのもあるだろう。しかし市場が成熟期に達すると事業者の中に優勝劣敗が明らかになり、市場で敗れた事業者が勝った事業者を特許侵害で訴え、本業の利益(損失)を穴埋めしようとする。


このようなメカニズムが「特許は既存市場のパイの奪い合いに使われる」背景にあるのではないか。もちろんネットワーク効果だけが原因ではないだろう。例えば、まさに切り餅特許の訴訟は切り餅市場というネットワーク効果のない市場で「特許が既存市場のパイの奪い合いに使われる」一例なので。


なお、このネットワーク効果は上に書いたように標準化を含む議論であり、また<システムのどの部分をオープンにしてどの部分をクローズド(プロプライエタリ)にするか>という知財戦略でもっとも重要と思われる議論とも関連するので重要だという認識。

*1:ゲーム理論の調整ゲームとも言える。

特許調査サービスのクラウドソーシングが登場:クラウドソースとは何か?

テッククランチより。
http://jp.techcrunch.com/archives/20120323ip-research-platform-crowdipr-secures-135000-goes-freemium/

専門法律事務所とどっちが優秀?安い?–エストニアにオンライン知財調査サービスが誕生
エストニア生まれのCrowdIPRは、知財(intellectual property, IR)に関する調査(research, R)をクラウド(crowd)ソースで行うサービスだ。Crowd + IP + RでCrowdIPR。同社がこのほど、イギリスのNorthstar VenturesとIP Groupから13万5000ドルの資金を調達した。

このプラットホームはいわば、“知財調査のための集団頭脳”で、世界中のテクノロジと知財関連の専門家450名の協力により、知財に関する顧客が求める調査を行う。これまで、イギリスとエストニアとロシアの大学や企業のために、20件の調査プロジェクトを完了した。

協同ファウンダでCEOのTaavi Raidmaによれば、今日(米国時間3/23)からはベーシックな知財調査を無料で提供する。より詳しい調査項目は、従来どおり有料だ。

CrowdIPRはまた、ロンドンのImperial College Business Schoolの特任教授で前はNokiaに在籍したDonal O’Connellを、アドバイザーとして招聘した。

Nokiaでは彼は、R&DとIP担当の副社長だった。

CrowdIPRは2011年10月に非公開ベータに入り、これまでのところ25件の知財調査をクラウドソース方式により実行している。分野は、化学、物質科学、IT、エネルギーなどだ。クライアントはイギリスとエストニアとロシアからで、主なターゲットがテクノロジ企業と大学だが、今後は特許事務所や投資会社も顧客にしていきたいと考えている。

1.クラウドソースとは何か?

クラウドソース」*1方式により特許調査サービスを提供するエストニアのスタートアップ企業がベンチャーキャピタルから資金を得たという記事。「クラウドソース」は普通はクラウドソーシング(crowdsourcing)と呼ぶのが一般的だろう。記事の内容を一言でいいかえれば、特許調査サービスのクラウドソーシングが出できたということ。クラウドソーシングとは多数のネットユーザ(crowd)の作業をクラウド(cloud)上に集めてサービスを提供することだろう。cloudとcrowdの掛け言葉になっている。wikipediaは次のように説明する。

従来、アウトソーシングという形で企業などが、外部に専門性の高い業務を外注するというトレンドがあった。しかし、昨今では、インターネットの普及により社外の「不特定多数」の人にそのような業務を外注するというケースが増えている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0

クラウドソーシングの有名な例はアマゾンの「Amazon Mechanical Turk」だろう。また個人的には日本企業(オーリッド社)が提供するOCRクラウドソーシング(KYBER)が印象に残っている。このサービスは中国人が日本語は分からなくても漢字が読めることを利用して日本語の読み取りが成功しているかを中国人にチェックしてもらうという仕組みになっていた。
http://ascii.jp/elem/000/000/635/635625/


本記事に関連して重要なクラウドソーシングの例はInnoCentiveNineSigmaだろう。どちらも研究開発のクラウドソーシング。例えば、依頼者が「以下の条件を満たす新素材。開発期限は○○年×月△日。報酬は100万ドル。」のような依頼をクラウド上に出し、参加者(大学の研究者など)が応募するというもの。これらのサービスはオープンイノベーションの一種として語られることが多い。例えば、ヘンリー・チェスブロウ著、栗原潔訳『オープンビジネスモデル』(2007)が参考になる。

2.特許調査クラウドソーシングの内容は?

上にあげた例から予想される本記事の特許調査サービスは、例えば、依頼者(またはCrowdIPR)が「以下の特許を無効にする無効資料*2。調査期限は○○年×月△日。報酬は1万ドル。」とクラウド上に依頼を出し、参加者(「世界中のテクノロジと知財関連の専門家450名」)が先行文献を探して応募するというもの。
確か、このようなサービスは以前からあったと思う。名前は思い出せないが。なのでこの企業が先駆者という訳ではないだろうが、このようなクラウドソーシングビジネスが広まっていく傾向にあるのは確かだろう。例えば無効資料調査なんていかにも集合知の活かせそうな分野なので。

オープンビジネスモデル~知財競争時代のイノベーション (Harvard Business School Press)

オープンビジネスモデル~知財競争時代のイノベーション (Harvard Business School Press)

*1:原文記事はcrowdsourced

*2:特許はその基準となる日より古い資料がその特許と同じ技術を開示していると判断されると消滅すると一般に定められている

Facebook、IBMから特許750件を買収:「Yahooはパテントトロール」は誤り

techcrunchより。
http://jp.techcrunch.com/archives/20120322facebook-buys-750-ibm-patents-to-defend-against-yahoo/

FacebookIBMから特許750件を買収―Yahoo!からの訴訟に防衛体制を整える
Bloombergによれば、Facebookは特許トロル避けにネットワーク関連の特許750件をIBM から取得した。Yahooがこの750件の特許に含まれるテクノロジーを使っているとすれば、FacebookはそれをYahooが起こしている特許権侵害訴訟における有力な武器として用いることができる。


この特許ポートフォリオの取得成功でFacebookが直面する危険は低くなっただろうが、特許トロルYahooが漠然としたソーシャル広告に関する特許を使って他のもっと小さい会社を訴えるのを止めさせることはできない。


Yahooが特許権侵害訴訟を起こして以後、Facebookは株式上場を控えて投資家に不安を与える要素を取り除くため、和解するかライセンス契約を飲むかしなければならなくなる危険に直面していた。もちろん裁判でYahoo特許の無効を争うこともできるが、判決が出るのは上場よりはるか先のこととなり、上場時に投資家をためらわせる材料になりかねない。


Facebookは若い会社なので他のテクノロジー大企業のような巨大な特許ポートフォリオ保有していない。アメリカでは503件を出願して56件が認められたにすぎない。時価総額1000億ドルにもなるといわれる上場を間近にしたFacebookは特許トロルにとって格好の獲物だ。YahooはそこにつけこんでFacebookにとってまさに最悪のタイミングを狙って訴訟を起こした。


IBMからの特許買収によってFacebook保有するアメリカでの特許は800件以上となる。交渉が決裂すれば目には目を、で特許権侵害訴訟で反撃が可能となる。巨額の和解金を支払ったり上場後の株価に悪影響を与えたりせずにすむかもしれない。


IBM特許は他のYahoo以外の他の特許トロルを追い払うのにも有効だろうFacebookは昨年22件の特許訴訟を起こされている。一部の件では和解金を支払うことを余儀なくされているようだ。ちなみに、今回の特許の売却でIBMの特許上の立場が弱まる心配は皆無だ。IBMは昨年1年間だけで6180件の特許を新たに取得している。特許権売却はIBMにとって有力なビジネスだ。2010年にはIBMGoogleに 1000件の特許を売却している。


テクノロジー業界の多くは今回の訴訟でYahooに強い懸念を抱いている。関係者はこうしたパテント戦争の軍縮を望んでいるが、実態は相互確証破壊戦略による軍拡レースとなっているようだ。Facebookは今回の特許ポートフォリオの取得に巨額の資金を投じたはずだ。Facebookのような資源を持たないスタートアップにはその真似はできない。次にYahooが狙う標的はそういったスタートアップかもしれない。


〔トロルとはもともと北欧神話に出てくる山奥や地下の洞窟に住んで人間に害を与える醜い小鬼の意味。〕

この記事はヤフーのことを「特許トロル」と呼んでいる。これは誤り。以下で「特許トロル」とは何ぞや?という話をしつつ、なぜ誤りなのかを示したい。


そもそも「特許トロル」という日本語は普通は使わない。英語をそのまま読んで「パテントトロール」と呼ぶ。グーグルなどで検索してヒット数を見れば分かる。

1.「パテントトロール」とは何か?

では「パテントトロール」とは何か?明確な定義がない。トロールが怪物の名前であるように"特許を使って悪いことをする"くらいのイメージだ。この概念は「善悪」という価値判断が入っているので明確でない。よってパテントトロールよりもNPE(non practicing entity)という言葉を使うべきだ。これは明確な定義が可能で「特許を自社実施していない特許権者」だ。


パテントトロール」という言葉は90年代前半にインテルの弁護士がつくったと言われる。つくった本人によれば(Peter Detkin『Trolling for Dollars』(2001))、

パテント・トロールとは、ある特許について、その特許をビジネスに利用しておらず利用する意思もなく、またほとんどの場合はビジネスに利用したこと自体がないにもかかわらず、その特許を使って莫大な利益を上げようと画策する人物、企業、組織を指す。
http://www.ipnext.jp/journal/kaigai/terry.html (リンク切れ)


「その特許を利用しない」点が「パテントトロール」の本質だと分かるだろう。別の例を挙げると「パテントトロール」に散々やられていると思われるソニー*1知財トップ守屋文彦氏は経産省(特許庁)の審議会の資料でこう説明している。

米国のパテントトロール NPE(Non Practicing Entity)において、典型的な例は、(1)数十%の利回りを想定して投資家を募り、(2)この投資を元に LLC(Limited Liability Company 有限責任会社)を設立した上で特許を買収し、(3)この特許を文言上実施していると推測され得る会社をできるだけ多く、(4)原告の勝率の高い連邦地裁裁判所に陪審裁判を求めて提訴し、(5)通常3年以上もかかる裁判のすべての過程を経る以前に被告各社と和解するケースである。これらのNPEは特許権の行使を一種の金融商品にして、比較的短期に現金化を図り、投資回収ビジネスを行っているともいえる 。原告の勝率が高いといわれる連邦地方裁判所では 、簡易判決(Summary Judgement)を下すことが大変少なく、かつ特許が無効となる可能性が低い傾向が顕著である。
被告としては、このような裁判地に訴えられた場合、特許の権利解釈上勝算があっても、CAFC(米国 知財高裁)まで係争を継続する覚悟が必要だと言われることもある。
日本は、上記(4)と(5)の状況を欠くため、米国とは異なる環境にあると思われる。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/tokkyo_shiryou027/2.pdf

パテントトロール」をNPEと言い換えている。また「パテントトロール」の特徴(1)〜(5)も(当たり前だが)的確な指摘。日本についても的確な指摘。

2.ヤフーは「パテントトロール」か?

上のインテル弁護士の定義や守屋氏の挙げた特徴から考えればヤフーは「パテントトロール」とは言えないだろう。フェイスブックと同様ネットビジネスをしているわけで自社の特許を自社で実施してるだろうし。ということでヤフーを「パテントトロール」と呼ぶのは誤り。記事は「Yahooはそこ[フェイスブックの上場]につけこんで」などと書いているがヤフーが自社の保有する特許権を行使して何が「悪い」?記者の価値判断を勝手に挟み込むなと言いたい。


パテントトロール」=NPEということが分かれば、記事にある「IBM特許は他のYahoo以外の他の特許トロルを追い払うのにも有効だろう」も誤りだと分かる。「パテントトロール」は自社でビジネスをやっていないのでフェイスブックIBM特許で反撃しようとしても反撃する対象がないからだ。記事は「特許権侵害訴訟で反撃が可能となる」などと書いているが「私はパテントトロールのことは何も分かっていません」とを自白しているだけ。この反撃できない点こそが「パテントトロール」が厄介な本質的な理由だ。だから「パテントトロール」を守屋氏のようにNPEとして捉えることが適切だ。

3.結論

ということでこの記事はテッククランチの元記事を書いた記者が全然分かっていないし、「特許トロル」などと訳している訳者も分かっていない。この記事にコメントしている人たちもこの誤りを指摘していない。ということで「誰も分かっていない状態でワーワー言ってる」というよくある光景。守屋氏も上で取りあげた審議会で曖昧な定義の「パテントトロール」という概念に基づいて議論(差止請求の制限)しても無駄だ、と怒っている。
ちなみに参照されているブルームバーグの記事はヤフーをトロールと呼ぶようなことは書いていない。

4.補足:特許競争は軍拡競争

なお、記事が「[テクノロジー業界は]パテント戦争の軍縮を望んでいる」とあるがこの書き方は適切だろう。冷戦時の軍拡競争は囚人のジレンマの典型例としてよく挙げられる。ノーベル経済学受賞者のトーマス・シェリングの研究が有名だ。
そして特許競争は軍拡競争と基本的に同じだ。フェイスブックもヤフーも特許競争を止め、特許にかかるコストを技術開発など顧客への価値の提供に投資すれば互いに得をする。しかし、相手が特許を取らない場合、自社だけが特許を取れば、その得は軍縮時よりも大きい。相手に権利行使して利益を奪えるので。
よって互いに特許を取るという抜け駆けへのインセンティブがあるので、特許競争は止められない。「テクノロジー業界がパテント戦争の軍縮」という「よい均衡」を達成できるかは興味深いトピック。

【関連エントリ】


死蔵特許―技術経営における新たな脅威:Patent Hoarding訴訟

死蔵特許―技術経営における新たな脅威:Patent Hoarding訴訟

ソニーがフォージェントというパテントトロールに1620万ドル支払ったという話が出てくる。著者はフォージェントの作戦を「まずは有名な会社[ソニー]を晒し首にして、世間を恐怖に陥れて、それをトリガーにして他社からもライセンス料を巻き上げるという戦術」(p.104)と評している。※著者は米国特許弁護士。パテントトロールの歴史が分かる本。パテントトロールといえば90年代前半のレメルソンが有名だが、本書は70年代というアンチパテント時代のトロールを紹介しているなど示唆に富む。

*1:ソニーがやられたパテントトロールの一例はフォージェント。

木山泰嗣『憲法がしゃべった。』

2011年に出版された本を紹介するシリーズの48冊目。木山泰嗣氏は弁護士。税法が専門のようだ。『小説で分かる○○法』みたいな本を読んだのがきっかけ。木山氏の著書の特徴は非常に速く読めること。どれも30分程度だろう。そもそも文字数が少ないのもあるが、読みやすい文章として参考になる。

憲法がしゃべった。?世界一やさしい憲法の授業?

憲法がしゃべった。?世界一やさしい憲法の授業?

木山泰嗣『憲法がしゃべった。』(2011)すばる舎 ★★

『弁護士が書いた究極の勉強法』以来の木山泰嗣氏。今回は憲法の入門書。といっても子ども向けだったようだ。"憲法くん"というキャラが憲法のことを子どもたちに教えるという設定。書いてある内容は標準的でいいと思うが形式が子供向けというより子供だましという気がして好かない。内容の理解に役に立っていない。途中で子ども同士の冗談話が挿入されるが本文と関係がない。巻末で"憲法くん"にオチをつけているが子供だまし。


橋本治『勉強ができなくても恥ずかしくない』のシリーズは子ども向けだと思うが、子供だましとは思わない。セルバンテスの『ドン・キホーテ』も。なぜだろうか。この点についてバートランド・ラッセルは次のように言っている(『教育論』)。

子供っぽいことを魅力的だと考えるような子供は、一人もいない。[・・・]だから、子供のための本は、子供っぽいふるまいに対して、先輩ぶった喜びを示すようなものであっては決してならない。当節の児童図書の多くに見られるわざとらしいばかばかしさときたら、胸がむかつくほどである。[・・・]それゆえ、子供のための最良の本は、元来はおとなのために書かれたもので、たまたま子供にも向いている本ということになる。(p.280)

本書がここまで酷いとは思わないが、<わざとらしい>ことは間違いない。一方、『ドン・キホーテ』などまさに<元来はおとなのために書かれたもので、たまたま子供にも向いている本>だろう。

【参考文献】

芦部信喜憲法
戸松秀典『プレップ憲法
長谷部恭男『憲法とは何か』
渋谷秀樹『憲法への招待』
松井茂記アメリ憲法入門』

ラッセル教育論 (岩波文庫)

ラッセル教育論 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

中国アニメ会社、著作権侵害でソニーに巨額の賠償請求:再び間接侵害のリスク

2ちゃんまとめサイトより。
http://news4vip.livedoor.biz/archives/51868249.html
元記事はレコードチャイナ。
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=59739

ソニーのTVをネットに繋いだら無料で視聴可能に…中国アニメ会社著作権侵害で巨額の賠償請求
ソニー液晶テレビをネットにつないだところ、中国産アニメ4作品が無料で視聴できたとして、著作権側である中国のアニメ会社ソニーを含む2社を著作権侵害で訴え、230万元(約3000万円)の損害賠償を求めた。写真はソニーの3Dテレビ。


法制晩報によると、ソニーのある液晶テレビをネットにつないだところ、中国産アニメ4作品が無料で視聴できた。これが著作権側である中国のアニメ会社の怒りを招き、アニメ会社ソニーを含む2社を著作権侵害で訴え、230万元(約3000万円)の損害賠償を求めた。中国のアニメ・マンガ業界が世界大手企業を相手に著作権侵害を訴えたのはこれが初となる。人民網日本語版が伝えた。


昨年4月、上海水木動画股フェン有限公司のある職員がソニー液晶テレビ「KDL−40NX710」を購入した。このテレビには、ネットにつなげばウェブサイトを閲覧できるという機能が備わっていた。ネットに接続したパソコン上でソニーが提供する登録用サイトにアクセスし、サイトの指示にしたがってテレビのネット登録を済ませれば、テレビで北京華夏安業科技有限公司が提供する動画サービスを楽しめるようになる


登録完了後、この職員はテレビの操作画面で華夏安業が提供する「児童向け漫画アニメ」のコーナーをクリックした。すると意外なことに、水木動画が制作したアニメ「中華五千年」とその子会社・億唐動画が制作した「寓言故事」、「孫子兵法」、「成語故事」が現れたのだ。水木動画と億唐動画はソニー華夏安業にアニメの放映権を提供していない。同職員の報告により、水木動画と億唐動画はソニー華夏安業を著作権侵害で告訴した。
[・・・]


一昨日のエントリ(中国作家、アップルに6億円超請求 著作権侵害訴え:iTunes Storeの抱える間接侵害のリスク)とほぼ同じ話。本記事の訴訟も間接侵害と思われる。ソニーのテレビは著作物がネット経由で公衆送信されるのを助けているだけであり、直接侵害しているのはネットで送信可能化している企業・北京華夏安業科技有限公司だからだ。


一昨日のエントリで「間接侵害は著作権法において重要な問題」と書いたが、なぜ間接侵害が重要かと言えば、本記事のように間接侵害のリスクは至る所にあるからだ。そのエントリでは「アップルのiTunes Storeに間接侵害のリスクがある」と書いたが、アップルのみでなく、多数の企業が同様のリスクを抱えていると言える。


記事に対して「バカバカしい」などというコメントが多いが、「なぜこの中国アニメ会社の主張は認められないのか?」「なぜソニーは責任がないといえるのか?」という問いについてまともに(法的に)答えられているコメントは見当たらなかった。例えば、次のコメント。

197 名無しさん@12周年 2012/03/20(火) 19:54:40.35 id:TkXWJeAeO
著作権って知ってるんだ
ビックリした


206 名無しさん@12周年 2012/03/20(火) 19:56:05.16 ID:7KsF2+QG0
>>197
よく解ってないからこの賠償請求なんだろ?

こういうコメントを見ると「自分は分かってるぜ」的な雰囲気を醸し出してるけど「ホントはあんたも分かってないんじゃないの?」と疑ってしまう。「中国人をバカにできるほど知ってるの?」と。


ともかく、上の問いに答えるのは思っているほど簡単ではないだろう。一昨日のエントリで書いたように、ソニーに間接侵害が成立するか否かはソニーの営利性、管理性、「場所や施設の提供」などについて判断する必要があるからだ。常識的に考えればソニー管理性がなさそうな気がするが、ソニーのテレビと直接侵害の主体である北京華夏安業科技有限公司のサービスの関係も分からないし、この記事だけではどうにも結論は出せない。もちろん中国法にアメリカ・日本などとは違う特別な法理があるかも知れないし。そもそも中国に著作権の間接侵害の事例があるかも知らない。2ちゃんねらーが思ってるほど簡単じゃないということだ。

中谷和弘、植木俊哉、河野真理子、森田彰夫、山本良『国際法[第2版]』

2011年に出版された本を紹介するシリーズの47冊目。前回の棟居快行、赤坂正浩、松井茂記、笹田栄司、常本照樹、市川正人『基本的人権の事件簿[第4版]』に続いて法学のテキストを。
本書は国際法の教科書。国際法の最初の一冊として読んだ。有斐閣アルマシリーズなだけあって知識ゼロの状態でもちゃんと読めるように書かれている。いい教科書かは分からないが。
教科書は内容をメモするような性格のものではない気がするので、普段はあまり取らないのだが、なぜか本書には読書メモを取っていた。

国際法 第2版 (有斐閣アルマ)

国際法 第2版 (有斐閣アルマ)

中谷和弘、植木俊哉、河野真理子、森田彰夫、山本良『国際法[第2版]』(2011)有斐閣 ★★★

小室直樹『新戦争論』や小室直樹色摩力夫『国民のための戦争と平和の法』で戦時国際法とやらが出てきたので、国際法の教科書を読んでみようと思い手にとった。本書は教科書として自分がいつも手始めに読む有斐閣アルマシリーズ。著者はみな東大出身のようだ。中谷氏は東大教授、植木氏は東北大教授、河野氏は早稲田大教授、森田氏は法政大教授、山本氏は埼玉大教授。全18章を4、5章ずつほぼ均等に分担して執筆している。
読んだ印象は「いつものアルマの教科書だな」というもの。執筆者が多いからか法律の性格か、まとまりがない印象を受けた。

国際法とは

国際法とは200という国家からなる"会員制クラブの会則"。国際法は主に条約と国際慣習法からなる。
国際法においては客観的な法の解釈・適用を行う(司法)制度がない。そこで各国に自力救済が認められている。
条約や国際慣習法どおりに解釈・適用が行われるわけではない。例えば、慣行によって改変されたり、法的安定性のために"人工的な"解釈をとる。
国連憲章などに主権平等の原則は定められているものの、国際社会においては各国の法の下の平等は成り立っていない。

国連の基本法国連憲章国連憲章国際法でもっとも重要な法とする説がある。

19世紀、欧米諸国から承認されていないアジア・アフリカの各国は"無主地"とされ、先占の対象であると考えられた。
植民地の正当化。

●国家免除

国家免除とは国家は他国の裁判権強制執行権に属さないという原則。
19世紀、国家と経済取引を行う私人にとって国家免除が弊害となった。そこで国家の主権的行為は免除されるが商業的行為は免除されないとする制限免除主義が現れた。免除されない例外として商業的行為のほかに雇用契約、人身損害・財産損害・知的財産権などがある。

●外交関係と領事関係

外交関係とは国家間の合意により常設使節団を交換する制度。国家間の協力、紛争の予防・解決を目的とする。領事関係とは、国家間の合意により自国民の利益の保護の任務に当たる領事機関を設置する制度。外交使節団は国家を代表するが、領事機関は国家を代表せず主として行政的な機能を担う。
外交使節団・領事機関には特権・免除が認められる。従来は治外法権と考えられていたが、現在は外交使節団の代表・領事機関の任務の円滑のために必要な範囲で特権・免除が認められると考えられている。外交使節団の特権・免除の方が広い。
外交官・領事官は派遣先国で危険に遭う可能性が高いため特権・免除は必要。一方、裁判権免除を利用して、外交官・領事官が派遣先国で犯罪を犯すこともある。例えば、日本では外交官などが自動車保険に加入していることを条件に外交ナンバープレートを配布している。イギリスは私人から外交官などへの民事請求に対し、イギリス政府が補償し、派遣国に求償している。

国家元首

国家元首とは国家を代表する者。多くの国では憲法上の地位に限られる。実質的な代表は政府の代表である首相。

●国連

国連はもともと「連合国の国際組織」。United Nationsという名称や旧敵国条項から分かる。これは小室氏が言っていたことだ。
国連の目的は

  • (1)平和
  • (2)人権
  • (3)国際問題の解決

国連総会は全加盟国の一国一票制。その決議は勧告的効力しかない。一方、安保理は5の常任理事国と10の非常任理事国。その決議は法的効力がある。安保理は目的(1)の平和を担う。

●領域権原

領域権原とは国家がある領域の権原を主張する根拠となる要件事実。

  • (1)発見
  • (2)先占
  • (3)取得時効
  • (4)添付(例えば埋め立て)
  • (5)割譲(例えば購入)

がある。(2)先占の要件は(a)無主地(b)平穏かつ実効的な占有(c)占有の意思である。
かつては(6)征服があったが現在は否定されている。


竹島は日本が1905年から実効的に占有している。韓国は無主地ではないと主張しているが、証拠を示していない。
尖閣諸島は日本が1895年から実効的に占有しているが、戦後米国占領下に入り、1972年沖縄の一部として日本に返還されたが、返還前の1969年に石油の埋蔵の可能性が指摘され、中国が領有権を主張した。日本はその際に抗議をしなかった。