八田達夫、高田眞『日本の農林水産業』

今回は本ブログで何度も参照した表記の本の読書メモを載せておきたい。以下の3つのエントリは本書の農業・林業水産業の各章の内容に基づいたもの。各エントリの内容はこのメモのサブセットになっているが、文章自体は各エントリの方が分かりやすくしたつもりなのでお好きな方を。

八田達夫、高田眞『日本の農林水産業』(2010)日本経済新聞社 ★★★★★

いつもの八田達夫氏。八田氏と共著の高田氏は政府の規制改革会議のメンバーでありその内容をまとめたもの。本書の構成は第1〜4章が農業、第5章が林業、第6章が漁業。それぞれについて現在の制度の問題点を指摘し改革案を提示している。自分は農林水産業についての本を読むのはたぶん初めて。農業については大前研一氏の本でよく出てきたのと、漁業については小松正之氏の論文を読んだくらいだ(東洋経済新報社出版局編集部『震災からの経済復興』)。

本書の評価は素晴らしい内容。全体的に簡潔で読みやすい。自分のように第一次産業について知識ゼロの状態からでもすんなり読めてよく分かる。現行の制度を改革すべきという経済学者の本なのでその方向にバイアスはあるだろうが、それを割り引いても酷すぎるのではないかという印象を受ける。

八田氏の教科書ミクロ経済学1・2』と同じ視点で書かれている。それは市場の失敗と政府の失敗を分けて、市場の役割と政府の役割を明確にすること。八田氏の教科書自体にも応用が色々書いてあったが本書も応用の一つといえるだろう。それほど経済理論どおりというものではないが。

【まえがき】

先進国(オランダ、フィンランドノルウェー)で農林水産業が成功している例はいくらでもある。それらの例に共通するのは、政府が「市場の失敗」対策のみで介入するようにしていること。

【第1〜4章 農業】

●現状
農業のGDPシェアは1%。しかし農業人口は5.5%もいる。農協職員が31万人、農協の組合員が500万人。
専業農家の9割はメンバーが65歳以上"のみ"。
農家のうち6割は第二種兼業農家(農業以外の所得の方が農業所得より高い)。
兼業農家の生産シェアの6割はコメ。なぜか。コメは値段が高いのに手間がかからないから。農協・自民党農水省は手間の割りに高価格というコメの特徴を維持することで農家の戸数を維持してきた。その手段が生産調整と高関税。
コメは作付面積あたりの生産額が野菜などに比べはるかに低い。
遊休農地は38.6万ヘクタール(2005年)。


●日本の農業の問題は何か?
(1)市場の失敗:規模の経済がない。
(2)政府の失敗:農地法、農協が参入障壁。生産調整・高関税。


農地法の趣旨
農地法の制定理由は、戦後の農地解放を逆戻りさせないことで、所得・資産の再分配を達成すること。その目的であれば農地解放+累進課税相続税で可能だったのに過度な規制になっている。実際、工業では財閥解体累進課税相続税で所得・資産の再分配に成功した。むしろ農地には相続税軽減が認められており相続税逃れのために兼業農家が耕作せずただ農地を所有し続けている。


●なぜ農地法を改正できないのか?

農地法が生産性の向上を妨げることは、1960年代には広く知られていたとおり、農水省自身も、その見直しを検討していた。しかし、そのころに台頭した農協が、票集めの手段として機能することになり、兼業農家戸数維持に決定的な役割をもつ農地法の改革が見送られてきたという事情がある。(p.15)

結局農協をどうにかしないと改革できないということ。

農協の組織目的は、組合員数の維持と事業の利用額の増大である。(p.19)

農協は農家が大規模化すると組合員数が減るし、大規模化した農家は農協から自立するので利用額も減ってしまう。よって農協にとっては小規模兼業農家が多数ある現状が望ましい。また自民党にとっても農家戸数が多い方が望ましい。もちろん一人一票なので。よって農協と自民党の利害は一致した。また農業予算を増やしたい農水省との利害も一致した。これが農業における政官財のトライアングル。
さらに一票の格差もあるし。結局、農協・自民党農水省兼業農家を優遇して、票集めをしていた。この優遇を止めれば兼業農家が退出し、規模の経済がはたらき、生産性が上がる。


農地法が参入障壁
株式会社の農地の所有を禁じている。なぜか。株式会社が所有すると収益性の低い農業を止めて宅地に転用してしまい日本の農業が廃れると考えられているから。しかし実態は兼業農家耕作放棄していることが大部分。


●農協
歴史的には戦中の農家の統制機関「農業会」が戦後、食管法の下、コメの供出機関として活用するため「農協」に改組された。最初から政府の出先機関だったということ。
農協のグループをJAと呼ぶ。
農協は経済事業と金融事業を行う。経済事業は農作物を買上げ販売する、農機具・肥料を農家に売る事業。金融事業は預貯金・貸付など銀行業(JAバンク)と共済(生命・終身・医療・年金)。農協の経済事業は8兆円。金融事業の貯金残高は78兆円、共済契約高は360兆円。職員は23万人。
農協など協同組合は個々の消費者・生産者が大企業と対等な立場に立つために自主的に組織されるものなのに、こんな大企業並みの協同組合では特権は正当化できない。


●農協の特権
(1)経済事業と金融事業の兼業が認められている
(2)法人税が軽減
(3)競業農協の設立が制限(一地域一農協)
(4)金融庁監査・会計士監査が免除
(5)補助事業の受け皿となっている(例えば農機具に補助金)


●農協が参入障壁
(1)銀行が農家を顧客にできない
農協は金融事業と経済事業の兼業が認められている。この特権のおかげで農協は農家の資産状況・家族構成などの情報をすべて握り貸付に関し圧倒的に有利。また銀行が債務保証に使う中小企業信用保険制度が農家に使えないようになっている。農地に担保権を設定しても流動性がないので意味がない。農協は金融庁および会計士監査を免除されている。農協の金融事業は准組合員(440万人)にも提供されいている。預金保護が十分でない。
(2)経済事業に参入できない
農協は「貸付してやるから農機具等を買え」と農家に圧力をかけることができる(これをさせないために銀行業は兼業規制)。農協は金融事業でのもうけで経済事業の損失を穴埋めし、経済事業への新規参入を阻害してきた。


●農業委員会
各市町村ごとに設置される行政委員会。委員は特別職地方公務員。委員は組合の推薦、市町村長の選任と選挙だが、地方の有力者(例えば農協役員)が無選挙で選ばれることが多い。
農地の転用には農業委員会の許可が要る。よって農地には安い価格しか付かない。農業委員会の許可基準は客観性・明確性が乏しく政治家による口利きが多く行われている。農家が農地転用を認めてもらいスーパーやパチンコ店ができている。農地を維持するという農地法のタテマエは崩れている。
耕作しない兼業農家は転用利益を得るために農地を保有し続ける。


●(1)規模の経済への対策
生産調整・高関税を廃止する。農家に大きな犠牲を伴うので同時に補償を行う。
相続税の優遇を廃止する。


●(2)参入障壁への対策
企業が農地を所有できるようにする。すると農地市場が成立する。すると農地も担保にできるし農地価格も上がる。
農協の金融事業と経済事業を分離する。


●食糧安全保障
カロリーベースの食料自給率は無意味。戦争等により輸入が途絶えた場合、全量輸入に頼っている石油が1年で枯渇するため。よって1年分食料を備蓄すればよい。
コンビニや飲食店、食料工場での食品の廃棄分は全食糧消費量の約25%。


●農家への補償
民主党が行おうとしているような改革後の生産量に比例した補償ではなく、改革前の生産量により算定した額とすべき。そうすればまったく生産しなくても補償を受けられるので多くの兼業農家は生産をやめ、輸入米と競争できる効率的な専業農家のみが生産を続ける。

【第5章 林業

●現状
日本の人工林の8割は未整備状態。土砂災害の危険性が高まっている。土砂災害はよく報道されている。


●日本の林業の問題は何か?
(1)市場の失敗がある。(a)森林を間伐の要不要・採算性で区別していない。人工林と天然林(自然林)の区別を明確にしていない。(b)間伐・伐採に必要な路網を政府が提供していない。公共財なので政府が提供すべき。(c)その他:情報が公開されていない(例えば、森林境界)、事業規模が小さい。
(2)森林組合が参入障壁。


●(1)(a)森林を間伐の要不要・採算性で区別していない
天然林とは自然に成立している林。間伐は要らない。コストをかけずに治山治水の効果がある。
人工林とは植林で成立した林。維持のために間伐が要る。木が一斉に成長しているため、光を遮るので下草が育たず、土がむき出しとなり土砂崩れ・流出を招く。間伐により光を通し下草を生えさせる必要がある。

現在政府の区分は採算性や間伐の要不要とは関係のない意味のないもの。そこで人工林と天然林を区別し、人工林の中でも木材生産で採算がとれる人工林とそうでない人工林を区別するべき。そして採算にのらない人工林は天然林に転換するか伐採し違うものを植える必要がある。採算にのる人工林については間伐を行うべき。


●なぜ政府(林野庁)は区別しないのか?
林野庁が予算を獲得するため。林野庁の予算は森林修復の予算。森林破壊の予防をしてしまうと予算が得られなくなる。マッチポンプ。本当だろうか。余りに酷いが。
林野庁が森林破壊の防止をしようとしないのが根本的な問題。


●(1)(b)路網を政府が提供していない
森林の中の道のこと。林道、作業道など。路網を整備しなければ間伐が行えない。公共財として政府が提供すべき。路網が整備されいないと買い手の注文に応じてその度に伐採していると非効率なのでまとめて伐採する。するとそのときの価格で買い叩かれたりする。


●(2)森林組合が参入障壁
組合員に経営指導したり、組合員から木材を買い上げて加工したりして売る。農協を参考にしたのだろう。似ている。金融事業を行っていない点は異なるが。
また政府からの公共事業(国有林の間伐・伐採)の受け皿になっている。
特権が認められている。公認会計士監査免除、税金の軽減、森林情報へのアクセス。


●その他
日本の人工林は1955年以降、高度成長にともなう需要急増に対応するため建築用材としての木材を確保するために植林された。よって成長の早いスギ・ヒノキが中心となった。

【第6章 水産業

小松正之氏も規制改革会議のメンバーだったようで本章の内容にかなり情報提供があったようだ。


●現状
日本は1972-1988年にかけて世界最大の漁業国だったが、現在はノルウェーなどに追い越されている。現在(2008年)、日本の漁業・養殖業の生産量(トン)はピークの1988年の半分ほどに低下している。


●日本の水産業の問題は何か?
(1)経済学で言う「共有地の悲劇」。市場の失敗の一種。漁業は一般論として教科書や経済学者の書く読み物に頻繁に出てくる例だ。
(2)農業・林業と同様に新規参入が不当に制限されている。これは政府の失敗。


●なぜ「共有地の悲劇」が起きるのか?
漁獲量許可制度がオリンピック方式になっているため。世界の主要な漁業国でこの方式を採っているのは日本だけ。この方式は漁獲可能総量(TAC)を毎年設定しそれに達した時点で漁獲を制限するもの。TACは日本全体で定められるため、各漁師は「早い者勝ち」で漁をする。それによってまだ成長しきっていない魚を獲ることになる。よって安い値しか付かない。極端に小さい場合、売り物にならない。よって漁師の収入が低い。よって後継者問題が生じる。漁船などにも投資できない。よって余裕がなくなりますます「早い者勝ち」で漁をする。という悪循環(ポジティブ・フィードバック)。


●オリンピック方式以前の問題
これだけでも酷いのにさらに続きがあってゲンナリする。
TACの他に魚を絶滅から守るのに最低限守るべき漁獲制限も設定されている(ABC)。しかし複数の魚種でTACがABCより多く設定されている。つまりTACを守っても魚は減っていく。なんでこんなことになるのか。ABCもTACも水産庁が設定しているが、ABCの設定に漁業関係者は関わっておらず、TACの設定においては漁業関係者のロビイングが強いため。
さらに続きがある。何とABCが設定されているのにTACが設定されていない魚種の方が多い。獲り放題だ。ABCが設定されていている魚種38のうち31はTACが設定されていない。またTACの設定の仕方もマサバとゴマサバをまとめてサバ類とするなど問題がある。

マルハニチロの人(片野歩氏)が論考を載せている。長年の実務経験に基づいている。日本ではTACすら機能していない。売り物にならないほど小さい魚は獲らない、産卵期前後の脂の乗ってない時期は獲らないなどの基本的な規制もない。最低限これらの規制は必要。日本の漁業者は今や短期的利益しか考えていない。


●どうやって「共有地の悲劇」を解消するか?
オリンピック方式をITQ方式に改革する。ITQ方式とは個々の漁師ごとに漁獲高を割り当てるIQ方式において漁獲高を売買(や賃貸借)できるようにした方式。ノルウェーアイスランドアメリカ、ニュージーランドなど先進的な漁業国すべてで採用されている。
ノルウェーアイスランドアメリカなども以前はオリンピック方式をとっていたが、80年代までにITQ式に改革した。ノルウェーでは70年代今の日本と同じ問題を抱えたが、78年のITQ方式導入により以前の漁獲量まで回復した。その間、漁業就業者数は1/8になったので生産性は8倍になったといえる。現在ノルウェーの漁師の平均収入は約900万円。年齢も若く20、30代の漁師が全体の4割。日本の漁師の4割は60歳以上。


●ITQ方式
メリット(1)漁獲は重量と匹数で管理され、なるべく価格の高い魚(成長しきった魚)を価格の高いとき(旬)に獲るようになる(2)非効率な漁師は漁獲割当を売り市場から撤退するので効率性が上がる(3)「早い者勝ち」でないため燃料を節約でき低コスト化が可能。(4)外国と漁獲割当を売買できる。
デメリット(1)海産大手が参入し、寡占化が進む。これに対しては割当の上限を設けたり、小規模業者に優先的に割当てればよい。

サバについて今はノルウェー産の方が高品質と認識され値段が高い。以前は日本がノルウェーに技術指導したのに。日本のサバは低品質というイメージが広まった。アフリカ・東南アジアにしか輸出できなかった。それによりますますイメージダウン。


●なぜ新規参入が不当に制限されているのか?
漁業権制度による。対象は漁船を使用しない沿岸漁業・養殖業。
漁業権の主体は漁業。個々の漁師ではない。漁業に加入しなければ沿岸漁業・養殖業ができないのは不当な参入規制。しかも法定の設立要件を満たしていない漁業が多い。それなのに水産庁が実態を情報公開せず放置している。
漁業権の付与は漁業調整委員会が行う。行政委員会の一種。しかし委員の過半数は漁業関係者の選挙で決まるので既得権維持のため新規参入を制限しようとする。また漁業権は譲渡できないので漁業から買って参入することもできない。漁業権は物権ととらえられており、漁業を妨げる行為の妨害排除請求権などが認められている。しかし漁協は「漁場はすべて自分たちのもの」と考え、漁業を妨げない行為にまで漁業権侵害を主張することがある。


●どうやって参入規制を改革するか?
漁業権を競争入札とする。漁業権の使用料を徴収する。

【その他】

ある調査ではノルウェー産と日本産のサケのダイオキシン含有量はノルウェーが16倍、マグロは地中海産が日本産の4倍。個人的には原発事故以降サケはニュージーランド産を買うことが多くなったがどうなんだろう。セシウムダイオキシンのどっちを選ぶか?

【参照文献】

伊藤隆敏八代尚宏『日本経済の活性化』
小松正之『日本の食卓から魚が消える日』(読書メモ)
野口悠紀雄『新版 1940年体制

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